ベレンの塔とは? わかりやすく解説

ベレン‐の‐とう〔‐タフ〕【ベレンの塔】


ベレンの塔(ポルトガル)


ベレンの塔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/16 10:53 UTC 版)

ベレンの塔リスボンベレン地区にある塔で、「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産として世界遺産リストに登録されている。16世紀マヌエル1世によって作られたテージョ川の船の出入りを監視する目的の要塞である。建築様式はマヌエル様式である。




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ベレンの塔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/15 15:35 UTC 版)

リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の記事における「ベレンの塔」の解説

詳細は「ベレンの塔」を参照 ベレンの塔(Tower of Belem, 世界遺産ID263bis-002)の世界遺産登録面積は 0.09 ha緩衝地域は 51.5 ha である。 正式名は「サン・ヴィセンテの塔」、建造1515年から1521年にかけてのことで、指揮したのはフランシスコ・デ・アルダ(ポルトガル語版であったジェロニモス修道院同じく建設命じたのはマヌエル1世である。ヴァスコ・ダ・ガマ業績たたえる目的をこめた灯台だが、テージョ川河口見張る要塞としての機能備えていた。当時リスボンでは、英国オランダ海賊対す備え必要だったのである1755年リスボン襲った大地震では多く建物被災したが、ジェロニモス修道院とベレンの塔があるベレン地区は難を逃れ、さして損壊を被らなかった。ただし、その地震川の流れ変わったことで、ベレンの塔は中洲から川岸へと、位置関係変えた航海に関する事物モチーフとした装飾あしらわれマヌエル様式建築傑作のひとつで、作家司馬遼太郎はその優雅さを「テージョ川貴婦人」と評した

※この「ベレンの塔」の解説は、「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の解説の一部です。
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