ベレン‐の‐とう〔‐タフ〕【ベレンの塔】
ベレンの塔(ポルトガル)
ベレンの塔
ベレンの塔
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/15 15:35 UTC 版)
「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の記事における「ベレンの塔」の解説
詳細は「ベレンの塔」を参照 ベレンの塔(Tower of Belem, 世界遺産ID263bis-002)の世界遺産登録面積は 0.09 ha、緩衝地域は 51.5 ha である。 正式名は「サン・ヴィセンテの塔」、建造は1515年から1521年にかけてのことで、指揮したのはフランシスコ・デ・アルダ(ポルトガル語版)であった。ジェロニモス修道院と同じく、建設を命じたのはマヌエル1世である。ヴァスコ・ダ・ガマの業績をたたえる目的をこめた灯台だが、テージョ川河口を見張る要塞としての機能も備えていた。当時のリスボンでは、英国やオランダの海賊に対する備えが必要だったのである。 1755年にリスボンを襲った大地震では多くの建物が被災したが、ジェロニモス修道院とベレンの塔があるベレン地区は難を逃れ、さして損壊を被らなかった。ただし、その地震で川の流れが変わったことで、ベレンの塔は中洲から川岸へと、位置関係を変えた。 航海に関する事物をモチーフとした装飾があしらわれたマヌエル様式建築の傑作のひとつで、作家司馬遼太郎はその優雅さを「テージョ川の貴婦人」と評した。
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