ヘブライ語聖書における言及
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/17 16:48 UTC 版)
「天の女王 (古代)」の記事における「ヘブライ語聖書における言及」の解説
「天の女王」は聖書の中でも触れられており、研究者らによりアナト、アスタロテあるいはイシュタル、アシュトレト、またはそれらを複合した者など、様々な異なる女神と関連づけられている 。「天后(天の女王)」(ヘブライ語: מלכת השמים, Malkath haShamayim)へ信仰は、「エレミヤ書」の中で、こうした宗教的な信仰が主にユダの民を約束の地から去らせると宣言させる原因になるだろうとして預言者が非難する形で言及されている。 「エレミヤ書」7章17節 あなたは彼らがユダの町々と、エルサレムのちまたでしていることを見ないのか。子どもらは、たきぎを集め、父たちは火をたき、女は粉をこね、パンを造ってこれを天后に供える。また彼らは他の神々の前に酒を注いで、わたしを怒らせる。 「エレミヤ書」44章15節-18節 その時、自分の妻がほかの神々に香をたいたことを知っている人々、およびその所に立っている女たちの大いなる群衆、ならびにエジプトの地のパテロスに住んでいる民はエレミヤに答えて言った。「あなたが主の名によってわたしたちに述べられた言葉は、わたしたちは聞くことができません。わたしたちは誓ったことをのみ行い、わたしたちが、もと行なっていたように天后にたき、またその前に注ぎます。すなわち、ユダの町々とエルサレムのちまたで、わたしたちとわたしたちの先祖が行ったようにいたします。その時には、わたしたちは糧食には飽き、しあわせで、災いに会いませんでした。ところが、わたしたちが天后に香をたくことをやめ、酒をその前に注がなくなった時から、すべての物が乏しくなり、つるぎとききんに滅ぼされました。」 紀元前6世紀から7世紀にかかる当時、エジプトにはヤハウェの神殿があった。神殿はエレファンティネ島のユダヤ人コミュニティの中心であり、そこで神殿のパピルスではアナト=ベテル(Anath-Bethel) あるいはアナト=イアフ(Anath-Iahu)とされるヤハウェと女神アナトが共に崇拝されていた。 女神アシェラ、アナト、そしてアスタルトは、こんにちのシリア、ラス・シャムラで発見されたウガリットの図書館の遺跡の粘土板では個別の神として初めて登場する。一部の聖書学者[誰?]は「天の女王」という称号の下、これらの女神をひとりと見なす傾向がある。 ジョン・デイ(英語版)は「紀元前1000年のテキストでアシェラただひとりを「天の女王」とする、あるいは取り分け彼女を天と関連づけるものは存在しない」としている 。福音主義の聖書学者フレドリク・ブルースはアスタルトとアシェラと別個の2柱の女神として区別している。
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