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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 00:05 UTC 版)
戦後の映画界は、GHQが間接的に干渉し民主主義啓蒙映画の製作を指示されていた。1946年(昭和21年)の戦後第1作『民衆の敵』もその1本であり、戦中の財閥の腐敗を描いた。続いて作った『人生とんぼ返り』は、撮影技師中尾駿一郎と初めてコンビを組んだ作品で、榎本健一と入江たか子が主演した人情喜劇となった。 1949年(昭和24年)、石坂洋次郎原作の青春映画『青い山脈』前後篇を監督。戦後民主主義を高らかに謳い上げ、同名の主題歌とともに大ヒットを記録。今井も第1級の監督として注目される。この頃から自由に作品を作りたいと感じ、『青い山脈』製作後に東宝を退社してフリーとなる。1950年(昭和25年)、フリーの立場で『また逢う日まで』を監督。戦争によって引き裂かれた恋人の悲劇を描き、主演の岡田英次と久我美子のガラス窓越しのキスシーンが話題となった。作品はキネマ旬報ベスト・テン第1位、毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞作品賞に輝いた。
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