ヒナザサ
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ヒナザサ
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| 分類(APG III) | |||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Coelachne iaponica Hack. 1899. | |||||||||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||||||||
| ヒナザサ |
ヒナザサ(学名:Coelachne iaponica, Hack. 1899.)は、イネ科の植物の1つ。水辺に生える小柄な草で、根元が多少這って小さなクッション状の株を作り、先端から幅の狭い円錐花序を出し、白い小穂には1個の両性花と、時に1個の単生花を含む。
特徴
小柄な一年生の草本[1]。茎は根元が地表を這い、節毎に直立する枝を出すが、時として基部近くで分枝が出て束のような形になり、いずれにせよ草丈は5cmからせいぜい20cmにしかならない。茎は弱々しく、節にだけ短い毛がある。葉身は披針形で長さ1~3cm、幅2~6mmで、先端は細く尖っており、基部はやや円形をしており、毛はない。葉鞘は葉身より短くて毛がないか、または上の端付近にだけ目立たない毛があり、葉舌は全くない。植物体は往々に茎や葉が互いに絡まり合って団塊状となり、個々の茎や葉は貧弱ではあるが、それがまとまって1つの株ごとに中央が盛り上がったクッション状になる[2]。
花期は8~10月で、花序は立ち上がる茎の先端につく。花序は円錐花序で、長さは1.5~3cmで、まばらに数本の横枝が出て、少ない場合は4個、多くても25個ほどの小穂を含み、その数は多くない。また花序の主軸も枝も滑らか。花序の下方の部分は葉鞘に納まることがある[3]。小穂は長さ2~2.5mmで緑白色をしている。小穂には1個の小花だけを含むか、時に2個の小花からなり、2個の小花を含む場合は下方の第1小花が両性で先端側の第2小花は雌性となっている。2つの包頴はいずれも長楕円形で先端は鈍いかまたは丸くなっている。大きさは違っていて第1包頴は長さ1mm以下と小さく、第2包頴は1.3mmほどとやや大きい。また第1包頴には弱い脈が1本あるだけだが第2包頴には3本の弱い脈がある。第2包頴の先端近くには硬い刺状の毛がある[4]。護頴は膜質で楕円形をしており、僅かながら光沢があって脈はなく、色は白くて長さは2~2.5mm。またその背面は丸くて竜骨状にはなっていない。内頴は護頴とほぼ同じ長さで質も同じで、両側が緩く内側に巻いたようになっている。雄しべは2個で葯は楕円形で黄白色をしており、長さは0.2~0.3mm。頴果は卵形で光沢がある[5]。
和名については「チゴザサに似るが、それよりはるかに小さい」ことによる、とされている[6]。
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本種を含むため池の水際の植物群落
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単独の株の様子
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花序の拡大像
分布と生育環境
北海道から本州、九州に見られる[7]。日本の固有種であり、タイプ産地は宮城県三本木、秋田ほか[8]。ただし近年に中国の蒼南県の無錫市と泰順県の黄橋鎮から発見されたとの報告がある[9]。
山野の水辺や湿地に見られる[10]。湿潤な地にマット状の形で生育している[11]。上記のように個々の株は枝葉が絡まり合って中央が盛り上がったクッション状となり、生育地ではそれが一面に敷き詰められた様子になることがある[12]。福岡県の情報によると本種は池沼において秋に水位が低下して表れる水際近くの湿った場所に出現することが多く、そのために水位が高い状態が続くと減少する傾向があるという[13]。
分類・類似種など
本種の属するヒナザサ属は熱帯から亜熱帯にかけて分布し、170種ほどが知られているが、日本には本種しか生育せず[14]、また移入種なども知られていない。
ヒナザサ属によく似ているのはチゴザサ属 Isachne で、どちらも円錐花序に2個以下の小花を含む小穂をつけ、包頴の背面は丸くて竜骨がなく、包頴や護頴が尖らない、などの共通点があり、違いとしてはチゴザサ属は小穂に含まれる2個の小花がどちらも両性花であるのに対して、ヒナザサ属では第1小花は両性だが第2小花が両性でなく単性であり、時に欠落することがあげられる[15]。日本産のものでは特に小柄なハイチゴザサ I. ipponensis はその外見が本種に似ているとの声もあるが、この種は多年生で匍匐茎が分枝しつつ広く這い、平らで大きな面積の群落を作るので、本種の個々には大きくない団塊状のクッションを作るのとは見かけが大きく異なる[16]。また葉身がやや大きくて先端が鈍く尖り、また葉の表面に立った毛があること、包頴に脈が多くて小花は同型のものが2個並んで生じることなどでも見分けは容易である。
いずれにしても本種は見分けやすいもので、長田(1993)は植物体がこのように小さくて長さに比して幅のある葉をつけ、小数の小穂のつく円錐花序をもつイネ科は『ごく少ない』と述べている[17]。
保護の状況
この種は元々が希少なもので長田(1993)では『まれに見られる』ものと書かれている[18]。 環境省のレッドデータブックでは準絶滅危惧種に指定されており、府県別では以下のように多くの指定がある。
- 絶滅危惧I類:秋田県、山形県、茨城県、長野県、三重県、京都府、大阪府、奈良県、香川県、愛媛県、宮崎県、鹿児島県
- 絶滅危惧II類:宮城県、栃木県、石川県、静岡県、愛知県、福岡県、大分県、佐賀県、宮崎県
- 準絶滅危惧種:岩手県、福島県、新潟県、岐阜県
この他に滋賀県では「その他の重要種」に指定され、群馬県と富山県では情報不足となっており、さらに千葉県、東京都、神奈川県、高知県では既に絶滅したとされている[19]。特に指定のない県もあるにはあるが、例えば九州において唯一指定がない熊本県は普通に生育しているのではなく、むしろ生育していないことに依るらしい[20]。 京都府では記録があるのが1カ所のみで、それも近年は確認できていないとのこと、ただし1年生なので埋土種子からの復活もあり得るとしており、危険な条件としてはシカの食害と湿地環境の悪化が挙げられている[21]。愛媛県でも生育地は1カ所のみ[22]と言い、福岡県[23]や大分県[24]では複数箇所の生育地の報告があるものの、やはり全体としては希少な種との認識である。
出典
- ^ 以下、主として長田(1993) p.656.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 大橋他編(2016) p.75.
- ^ 長田(1993) p.656.
- ^ Liu et al.(2017)
- ^ 長田(1993) p.656.
- ^ 牧野原著(2017) p.453.
- ^ 牧野原著(2017) p.435.
- ^ 福岡県の希少野生生物[1]2025/10/12閲覧
- ^ 大橋他編(2016) p.75.
- ^ 大橋他編(2016) p.30.
- ^ 以下も長田(1993) p.656.
- ^ 長田(1993) p.656.
- ^ 長田(1993) p.656.
- ^ 日本のレッドデータ検索システム[2]2025/10/12閲覧
- ^ レッドデータブックおおいた2022[3]2025/10/12閲覧
- ^ 京都府レッドデータブック2015[4]2025/10/12閲覧
- ^ 愛媛県レッドデータブック2014[5]2025/10/12閲覧
- ^ 福岡県の希少野生生物[6]2025/10/12閲覧
- ^ レッドデータブックおおいた2022[7]2025/10/12閲覧
参考文献
- 牧野富太郎原著、『新分類 牧野日本植物図鑑』、(2017)、北隆館
- 大橋広好他編、『改訂新版 日本の野生植物 2 イネ科〜イラクサ科』、(2016)、平凡社
- 長田武正、『日本イネ科植物図譜(増補版)』、(1993)、(平凡社)
- Liu Xi Liu Xi et al. 2017. A newly recorded species of Gramineae from China: Coelachne japonica Hack.. Journal of Tropical and Subtropical Botany, Vol. 25, No. 2, 175-178
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