ハーラル5世 (ノルウェー王)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/26 05:03 UTC 版)
| ハーラル5世 Harald V |
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| ノルウェー国王 | |
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ハーラル5世
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| 在位 | 1991年1月17日 - 在位中 |
| 祝祷式 | 1991年6月23日 於 ニーダロス大聖堂 |
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| 全名 | Harald ハーラル |
| 出生 | 1937年2月21日(89歳) |
| 配偶者 | ソニア・ハーラルセン |
| 子女 | |
| 家名 | グリュックスブルク家 |
| 父親 | オーラヴ5世 |
| 母親 | マッタ・アヴ・スヴェーリエ |
| 宗教 | キリスト教ルーテル教会 |
| サイン | |
| ノルウェー王室 |
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ハーラル5世(ノルウェー語: Harald V、1937年2月21日 - )は、ノルウェー国王(1991年1月17日 - )。オーラヴ5世の第1男子。日本の報道などでは英語読みでハラルド5世とも表記される。
経歴
1937年、オーラヴ王太子(当時)とマッタ妃の第1男子として誕生。他国生まれではない王位継承者の誕生は567年ぶりだった。
第二次世界大戦中、ドイツ軍の侵攻により、ノルウェーは占領され、これに呼応したクヴィスリング率いる国民連合のクーデターにより傀儡政権が樹立された。父と祖父ホーコン7世はロンドンに亡命政府を樹立した。彼らはイギリスにいたが、ハーラルとその母、姉妹たちは隣国で中立国のスウェーデンに亡命した。しかし母子を受け入れることでドイツの干渉を受けることを恐れるスウェーデンからは冷遇され、更にドイツ軍とノルウェーの傀儡政府が祖父を廃位し、ハーラルを即位させようと画策。スウェーデンに数多く存在した親独派も母マッタにドイツに従うよう圧力をかけたため、母の友人でもあった米国大統領フランクリン・ルーズベルト夫妻の助けにより米国へ再亡命。ワシントンD.C.で生活した。終戦後の1945年に帰国。
高校卒業後、ノルウェー騎兵将校訓練学校・陸軍士官学校へ進み、1959年に軍隊教育を修了した。
王太子
1957年9月21日、祖父・国王ホーコン7世の崩御により20歳で王太子となる。オスロ大学で学んだ後、兵役終了とともにオックスフォード大学ベリオール・カレッジに留学した。
1968年8月29日、オスロのデパート経営者の娘(=平民)であるソニア・ハーラルセンと結婚。9年間もの交際を経た恋愛結婚で、一般市民との結婚のハードルがいかに高かったが窺える。
1953年に姉ラグンヒル王女は平民である資産家との結婚のために王族特権の多くを返上させられており、1961年に平民と結婚したアストリッド王女もまた同様だった。また、祖父と父の故国デンマークにおいては王弟クヌーズ王子の子女たちがエリザベトを除き、平民との結婚のためにみな王室を離脱していた。むろん前例はなく、政府と王室は、同様に資産家の令嬢とは言え旧華族ではない正田美智子を皇太子妃に迎えた日本の皇室を参考に協議を重ねたという。当時は国民の間にも反対が多かったが徐々に収まっていった。
国王
1991年1月17日に父・国王オーラヴ5世が崩御したため国王に即位[1]。6月23日にトロンハイムのニーダロス大聖堂で祝祷式(戴冠式に相当)が行なわれた。
2003年1月に膀胱癌が発見され、12月8日に手術を受けた。それまでチェーンスモーカーとして知られていたが、病気をきっかけにきっぱりやめた。
高齢と健康不安
2021年に脚の手術を受け、2022年には感染症で入院した[2]。
2024年1月14日にデンマークの女王マルグレーテ2世が83歳で生前退位。この時点で86歳と欧州の君主では最高齢となっており、高齢からの健康不安を抱えるハーラル5世も生前退位するのではないかという憶測が流れる中、1月23日に首都オスロのプレスセンターを訪問した際には自身の生前退位を否定し、議会で行った即位宣誓は一生続くとした[3]。
2024年1月に呼吸器系の感染症にかかり、2月27日には保養のためマレーシア北部のリゾート地であるランカウイ島を訪問していた際に再び感染症を患ったため、現地で入院した[4][5]。3月2日に一時的に心臓ペースメーカーを装着し、翌3日には首都オスロにある病院に医療搬送。4日にはペースメーカーを恒久的に使用する必要が生じたとして、ペースメーカーを埋める手術を受けることが王室より発表された[6]。
2025年6月16日にはソニア王妃と共にスヴァールバル諸島を訪れた[7]。
2026年2月24日、休暇先のスペイン領カナリア諸島にて脚の皮膚の感染症と脱水症状のために現地の病院に入院した[2]。
親族
人物
- 早稲田大学から名誉法学博士号を贈られている。
- 父親と同じくスポーツマンとしても有名。
- セーリングの選手としての3度のオリンピック出場経験がある。
- 2007年にはソニア王妃とともにホルメンコーレン・メダルを受章した。
子女
ソニア王妃との間に2子がいる。
脚注
- ^ 『ハーラル5世』 - コトバンク
- ^ a b “高齢のノルウェー国王入院 感染症で、容体は安定”. 共同通信社. (2026年2月26日) 2026年2月26日閲覧。
- ^ “86歳ノルウェー国王、生前退位を否定”. フランス通信社. (2024年1月26日) 2026年2月26日閲覧。
- ^ “マレーシアで罹患のノルウェー国王、帰国”. フランス通信社. (2024年3月4日) 2026年2月26日閲覧。
- ^ “ノルウェー国王、休暇先のマレーシアで入院 感染症で”. ロイター. (2024年2月28日) 2026年2月26日閲覧。
- ^ “ノルウェー国王、低心拍でペースメーカー装着へ=王室”. ロイター. (2024年3月5日) 2026年2月26日閲覧。
- ^ “ノルウェー国王、大国が関心強める北極圏のスバルバル諸島訪問”. フランス通信社. (2025年6月17日) 2026年2月26日閲覧。
外部リンク
- ハーラル5世 - Olympedia
- 王室紹介・ノルウェー王国公式サイト
- 早稲田大学名誉博士学位贈呈者一覧 - ウェイバックマシン(2007年9月26日アーカイブ分)
| 先代 オーラヴ5世 |
ノルウェー国王 1991年 - |
次代 - |
| 上位 アメリア・エザリントン |
イギリス王位継承順位 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位 ホーコン王子 ノルウェー王子 |
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