ハンセン–ジャガナサン境界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/04 01:10 UTC 版)
Jump to navigation Jump to searchハンセン–ジャガナサン境界(ハンセン–ジャガナサンきょうかい、英: Hansen–Jagannathan bound)とは、金融経済学とマクロ経済学において金融資産の資産価格モデルにおける確率的割引ファクター(英: stochastic discount factor)の分散の下限を決定する理論である。1991年にラース・ハンセンとラビ・ジャガナサンにより発表された[1]。一般的な資産価格モデルのほとんどに適用可能なため、資産価格モデルの妥当性を確かめるために用いられる。
目次
概要
金融資産 の時点 における価格 が次の方程式で決定されるとする。
ただし、 は時点 において金融資産 を保持していることによる利益(インカム・ゲインのことで、例えば株式なら配当、債券ならクーポンなど)で、 は時点 までの情報による条件付き期待値である。 は時点 における、全ての金融資産に共通の確率的割引ファクターである。
ここで、金融市場に存在する全てのリスクのある金融資産のグロスのトータルリターン を並べたベクトルを とする。すると次の不等式が成り立つ。
ここで、 は確率的割引ファクター の条件付き分散、 はリターンベクトルの条件付き分散共分散行列、 は全ての要素が1であるベクトルであり、 はベクトルの転置を表す。この不等式の右辺を指してハンセン–ジャガナサン境界と呼ぶ[1][2]。
ここで が0ではないと仮定すると、安全資産のグロスの利子率を とした時、
であるので、ハンセン–ジャガナサン境界の両辺を で割ることで次の表現が得られる。
金融資産の超過リターンベクトルを とすれば、 かつ なので結局、
という表現も可能になる。
またハンセン–ジャガナサン境界は無条件の期待値と分散についても成立する。ここで、 は接点ポートフォリオのシャープ・レシオの2乗であり、接点ポートフォリオはシャープ・レシオを最大化するポートフォリオでもあるので、
とも書ける。ただし、 はポートフォリオ のシャープ・レシオである。等号成立は確率的割引ファクターが何らかのポートフォリオのリターンの線形結合として表現できる時のみであり、CAPMなどがそれにあたる。
ハンセン–ジャガナサン距離
ハンセン–ジャガナサン距離(英: Hansen–Jagannathan distance)とは、確率的割引ファクターの特定化の誤りの程度を表す一つの指標である[3]。次の確率変数を定義する。
また、想定しているモデルの確率的割引ファクターをパラメーター に依存するものとして と表す。さらに次を定義する。
この時、ハンセン–ジャガナサン距離 は以下のように定まる[4]。
もし、あるパラメーター において となるのであれば、つまり、 が真の確率的割引ファクターであるのならば、 であるので、 が成り立つ。
ハンセン–ジャガナサン距離は
という形で表現でき、 を満たす の中で と最も近いものと との距離を表している[3]。
歴史と応用
ハンセン–ジャガナサン境界の原型となる不等式はロバート・シラーによって1982年にもたらされている[5]。ハンセンとジャガナサンはそれを一般化した形で1991年にハンセン–ジャガナサン境界を提示した[1]。ハンセンとジャガナサンは、経済学で通常用いられる時間について加法分離的な相対的リスク回避度一定(CRRA)型効用関数を想定した場合の確率的割引ファクターはハンセン–ジャガナサン境界の不等式を満たしていないことを実際のデータを使って実証した。この実証結果はエクイティプレミアムパズルの結果[6]と整合的であると彼らは結論付けている[1]。
ハンセン–ジャガナサン境界の導出
リスク資産が一つである場合
リスク資産が一つであるならば、そのグロスのトータルリターンを として
となる。よって相関係数 が-1以上1以下であることに注意すれば、
となる。特に両辺を の2乗で割り、平方根を取れば、 が非負の時、
となる。右辺はシャープ・レシオの絶対値である[7]。
リスク資産が複数である場合
確率的割引ファクター の定数とリターンベクトル に対する直交射影を考えると、
が成立する。ただし かつ である。ここで
とすれば
である。さらに なので結局
となる。よって
が得られる[2]。
脚注
- ^ a b c d Hansen and Jagannathan & (1991)
- ^ a b Ferson & (2003), p.769
- ^ a b Hansen and Jagannathan & (1997)
- ^ Ferson & (2003), p.773
- ^ Shiller & (1982)
- ^ Mehra and Prescott & (1985)
- ^ Cochrane & (2005), p.93
参考文献
- Cochrane, John H. (2005), Asset Pricing (2 ed.), Princeton, NJ: Princeton University Press, ISBN 9780691121376
- Ferson, Wayne E. (2003), “Tests of Multifactor Pricing Models, Volatility Bounds and Portfolio Performance”, in Constantinides, George M.; Harris, Milton; Stulz, René M., Handbook of the Economics of Finance 1, Elsevier, pp. 743-802, doi:10.1016/S1574-0102(03)01021-5, ISBN 9780444513632
- Hansen, Lars P.; Jagannathan, Ravi (1991), “Implications of Security Market Data for Models of Dynamic Economies”, Journal of Political Economy 99 (2): 225-262, doi:10.1086/261749, JSTOR 2937680
- Hansen, Lars P.; Jagannathan, Ravi (1997), “Assessing Specification Errors in Stochastic Discount Factor Models”, The Journal of Finance 52 (2): 557–590, doi:10.1111/j.1540-6261.1997.tb04813.x, JSTOR 2329490
- Mehra, Rajnish; Prescott, Edward C. (1985), “The Equity Premium: A Puzzle”, Journal of Monetory Economics 15 (2): 145-161, doi:10.1016/0304-3932(85)90061-3
- Shiller, Robert J. (1982), “Consumption, Asset Markets and Macroeconomic Fluctuations”, Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy 17: 203-238, doi:10.1016/0167-2231(82)90046-X
関連項目
ハンセン–ジャガナサン境界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/13 16:53 UTC 版)
「エクイティプレミアムパズル」の記事における「ハンセン–ジャガナサン境界」の解説
詳細は「ハンセン–ジャガナサン境界」を参照 ラース・ハンセンとラビ・ジャガナサン(英語版)は資産価格モデルの妥当性を判定するための一つの基準を提案した。これをハンセン–ジャガナサン境界(英: Hansen–Jagannathan bound)と言う。ハンセン–ジャガナサン境界を使えば、異なる形でエクイティプレミアムパズルを表現することが出来る。 数式による説明において、株式とゼロ・クーポン債の価格は p e , t = E t [ β u ′ ( c t + 1 ) u ′ ( c t ) ( p e , t + 1 + d e , t + 1 ) ] {\displaystyle p_{e,t}=E_{t}\left[\beta {\frac {u^{\prime }(c_{t+1})}{u^{\prime }(c_{t})}}{\Big (}p_{e,t+1}+d_{e,t+1}{\Big )}\right]} p b , t = E t [ β u ′ ( c t + 1 ) u ′ ( c t ) p b , t + 1 ] {\displaystyle p_{b,t}=E_{t}\left[\beta {\frac {u^{\prime }(c_{t+1})}{u^{\prime }(c_{t})}}p_{b,t+1}\right]} で決定する事は述べた。ここで確率的割引ファクター(英: stochastic discount factor) m t + 1 = β u ′ ( c t + 1 ) u ′ ( c t ) {\displaystyle m_{t+1}=\beta {\frac {u^{\prime }(c_{t+1})}{u^{\prime }(c_{t})}}} を定義し、上の2式をグロスリターンで表示すると 1 = E t [ m t + 1 R e , t + 1 ] {\displaystyle 1=E_{t}\left[m_{t+1}R_{e,t+1}\right]} 1 = E t [ m t + 1 ] R f , t + 1 {\displaystyle 1=E_{t}\left[m_{t+1}\right]R_{f,t+1}} となる。第1式を変形すると 1 = E t [ m t + 1 R e , t + 1 ] = E t [ m t + 1 ] E t [ R e , t + 1 ] + C o v t ( m t + 1 , R e , t + 1 ) {\displaystyle 1=E_{t}\left[m_{t+1}R_{e,t+1}\right]=E_{t}\left[m_{t+1}\right]E_{t}\left[R_{e,t+1}\right]+\mathrm {Cov} _{t}(m_{t+1},R_{e,t+1})} = E t [ m t + 1 ] E t [ R e , t + 1 ] + V a r t ( m t + 1 ) V a r t ( R e , t + 1 ) C o r r t ( m t + 1 , R e , t + 1 ) {\displaystyle =E_{t}\left[m_{t+1}\right]E_{t}\left[R_{e,t+1}\right]+{\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(m_{t+1})}}{\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(R_{e,t+1})}}\mathrm {Corr} _{t}(m_{t+1},R_{e,t+1})} となる。ここで C o r r t ( m t + 1 , R e , t + 1 ) {\displaystyle \mathrm {Corr} _{t}(m_{t+1},R_{e,t+1})} は m t + 1 {\displaystyle m_{t+1}} と R e , t + 1 {\displaystyle R_{e,t+1}} の相関係数である。すると相関係数が-1以上1以下であることに注意すれば | E t [ R e , t + 1 ] − R f , t + 1 V a r t ( R e , t + 1 ) | = | C o r r t ( m t + 1 , R e , t + 1 ) | V a r t ( m t + 1 ) E t [ m t + 1 ] ≤ V a r t ( m t + 1 ) E t [ m t + 1 ] {\displaystyle {\Big |}{\frac {E_{t}\left[R_{e,t+1}\right]-R_{f,t+1}}{\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(R_{e,t+1})}}}{\Big |}=|\mathrm {Corr} _{t}(m_{t+1},R_{e,t+1})|{\frac {\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(m_{t+1})}}{E_{t}\left[m_{t+1}\right]}}\leq {\frac {\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(m_{t+1})}}{E_{t}\left[m_{t+1}\right]}}} となる。この不等式をハンセン–ジャガナサン境界と呼ぶ。 最左辺は株式のシャープ・レシオの絶対値なので実際のデータから計算可能である。最右辺はCRRA型効用関数を仮定すれば m t + 1 = β ( c t + 1 c t ) − γ {\displaystyle m_{t+1}=\beta \left({\frac {c_{t+1}}{c_{t}}}\right)^{-\gamma }} なので効用の主観的割引率 β {\displaystyle \beta } と相対的リスク回避度 γ {\displaystyle \gamma } が分かれば、消費のデータから最右辺も計算可能である。しかしながら、妥当な主観的割引率と相対的リスク回避度を仮定した場合、米国の株式インデックスのシャープ・レシオが0.37であるのに比べ、 E t [ m t + 1 ] = 0.96 , V a r t ( m t + 1 ) = 0.002 {\displaystyle E_{t}[m_{t+1}]=0.96,{\sqrt {\mathrm {Var} _{t}(m_{t+1})}}=0.002} となるため、上述の不等式は明らかに満たされないことが分かる。この不等式が成立するためには確率的割引ファクターの分散が非常に大きくなければならない。 ハンセン–ジャガナサン境界はこの例における時間について加法分離的なCRRA型効用関数に限らず一般的な資産価格モデルのほぼすべてに適用可能である。
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