ドイツ軍側の反応
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/17 02:51 UTC 版)
ナチス親衛隊の武装親衛隊(この戦域においては第12SS機甲師団)は、アドルフ・ヒトラーの指示なしで動かすことはできなかった。ナチス親衛隊はドイツ国防軍とは別組織であり、指揮系統も明確に異なるためである。しかし、総統大本営作戦部長から「ヒトラーは睡眠薬を使いずっと眠っており、起こすことはできない」という返答があったため、この師団は反攻に参加させることができなかった。 また、当初の一連の動きは、ドイツ軍が上陸地点と確信していたパレ・ド・カレーに対する欺瞞・陽動作戦として低く見積もられた。レジスタンスが既にドイツ軍の電話・電信連絡網を破壊していたため、連合軍の動きについては少数の情報しか届いていなかった。さらに、連合軍はルパート Rupert と名付けられた、降下兵を模した銃撃音を発する人形をノルマンディー全域に散布していた。同じく、この人形から離れた位置に6名のイギリス陸軍SAS兵士が降下し、ドイツ軍部隊に対して何度も場所を変えつつ奇襲攻撃をかけていた。これらの欺瞞作戦は、ドイツ軍を混乱させるのに成功した。空挺降下を見破られないために、連合軍の爆撃機は各所に爆撃を行い、ドイツ軍に本当の目標地点を想定させるのを困難にした。さらに、作戦の実行部隊が本来の着地地点とは違った地点に降下してしまったため、目標地点にたどり着くまでにドイツ軍と小規模な戦闘を繰り返したことも加わった。これらを通して、ドイツ軍は連合軍の本当の目標地点から完全に注意を逸らされ、誤った領域に兵力を集中配備した。 やがて、フランス奪還作戦が始まったことが、ドイツ軍側で明らかになりつつあった。彼らがどれほど欺瞞作戦であると確信していたとしても、パ・ド・カレーの領域(および、アメリカ軍第82・第101空挺師団が降下したサント・メール・エグリーズ付近)で戦闘が始まったことは事実であったためである。それでも、ドイツ軍の若干の将校は、パ・ド・カレーの作戦の1ヶ月ほど後に主力部隊が侵攻してくるであろうと予想していた。
※この「ドイツ軍側の反応」の解説は、「トンガ作戦」の解説の一部です。
「ドイツ軍側の反応」を含む「トンガ作戦」の記事については、「トンガ作戦」の概要を参照ください。
- ドイツ軍側の反応のページへのリンク