カルト映画の拡大
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 16:02 UTC 版)
これをきっかけに、それまで単なる時間つぶしとしか思われていなかった多くのB級作品が「隠れた傑作」と称賛されるようになる。対象となった作品は非常に多様で、ホラーやポルノ、イタリアのウェスタン映画、日本の低予算怪獣映画、メキシコのプロレス映画など、映画の主流から外れているとみなされていたジャンルが注目され、エド・ウッド監督のように、生涯B級作品ばかりを撮り続けた作家が好んで引用された。 1970年代、『ロッキー・ホラー・ショー』同様に一見ばかげた設定と奇怪な物語が逆に若い観客を惹きつけた例として、『ピンク・フラミンゴ』(1971)や『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』(1978)などが挙げられることが多い。 以後、エドガー・G・ウルマー、ダリオ・アルジェント、ロジャー・コーマン、デヴィッド・クローネンバーグ、ジョン・ウォーターズ、デヴィッド・リンチなどの作り手がカルト的な受容対象となってゆく。 1980年代以降、映画がビデオやDVD、続いて配信によって視聴できるようになると「カルト作品」探しは全世界が対象となった。この文脈で、アメリカでは大林宣彦監督『ハウス』(1977)など欧米以外の作品もカルト作品とみなされるようになった。 またこの時期以降、インターネットの出現でファン同士の交流が容易になり、世界各地で作品情報の交換が行われるようになったため、現在では特定の作品・監督・ジャンルなどを対象に、さまざまな形態で集会・映画祭が行われ、多くのファンを集めている。
※この「カルト映画の拡大」の解説は、「カルト映画」の解説の一部です。
「カルト映画の拡大」を含む「カルト映画」の記事については、「カルト映画」の概要を参照ください。
- カルト映画の拡大のページへのリンク