インドにおける成立と展開とは? わかりやすく解説

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インドにおける成立と展開

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/24 15:52 UTC 版)

唯識」の記事における「インドにおける成立と展開」の解説

唯識は、初期大乗経典の『般若経』の「一切皆空」と『華厳経十地品の「三界唯心」の流れを汲んで中期大乗仏教経典である『解深密経(げじんみつきょう)』『大乗阿毘達磨経だいじょうあびだつまきょう)』として確立した。そこには、瑜伽行瞑想)を実践するグループ実践通した長い思索論究があったと考えられる。 論としては弥勒マイトレーヤ)を発祥として、無著アサンガ)と世親ヴァスバンドゥ)の兄弟によって大成された。無著は「摂大乗論しょうだいじょうろん)」を、世親は「唯識三十頌ゆいしきさんじゅうじゅ)」「唯識二十論」等を著した。「唯識二十論」では「世界個人表象認識にすぎない」と強く主張する一方言い表すことのできない実体があるとした。「唯識三十頌」では上述八識説を唱え部分的に深層心理学傾向生物学的傾向示した弥勒に関しては、歴史上の実在人物であるという説と、未来仏としていまは兜率天とそつてん)にいる弥勒菩薩であるという説との二つがあり、決着してはいない。 世親あとには十大弟子出現した伝えられる5世紀はじめごろ建てられナーランダ大僧院(Nālanda)において、唯識さかんに研究された。6世紀始めに、ナーランダ出身の徳慧(グナマティ、Guamati)は西インドのヴァラビー(Valabhī)に移り、その弟子安慧スティラマティsthiramati)は、世親著書唯識三十頌』の註釈書をつくり、多く弟子教えた。この系統は「無相唯識派」(nirākāravādin)と呼ばれている。 この学派は、真諦パラマールタparamārtha)によって中国伝えられ地論宗摂論宗として一時期大い研究された。 一方5世紀はじめに活躍した陳那ディグナーガ、Dignāga)は、世親著書唯識二十論』の理論をさらに発展させて、『観所縁論』(ālambanaparīkṣā)をあらわして、その系統は「有相唯識派」(sākāravādin)と呼ばれるが、無性(アスヴァバーヴァ、asvabhāva6C前半頃)・護法ダルマパーラ、Dharmapāla)に伝えられナーランダ寺院において、さかんに学ばれ研究された。

※この「インドにおける成立と展開」の解説は、「唯識」の解説の一部です。
「インドにおける成立と展開」を含む「唯識」の記事については、「唯識」の概要を参照ください。

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