お茶の水クリニックで臨床活動を開始 昭和45(1970)年
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昭和45(1970)年、東京都文京区にお茶の水クリニックを開設し、森下理論に基づく「ガン・慢性病の自然医食療法」を実践・指導する。内臓機能検査、血液検査、生化学検査、氣能検査、血液生態など、クリニックの規模に較べて検査室が充実しており、森下独自の体質判断を基に、森下自然医学理論に則って個々に合う玄米・雑穀・菜食の食事療法を指導した。受診者のほとんどはガンの末期で、西洋医学に見放された患者が多く快復していった。 昭和52(1977)年、米国上院特別委員会の委員長だったマクガバン氏が報告した疫学調査によるレポート(マクガバンレポート)の内容は、森下の自然医食が慢性病の治療食として正しいことを示唆している。 森下の経験では、大学の研究室時代に相談に来た当時の患者は、玄米ご飯を食するだけで的確な効果があった。クリニック開院時も同様であったが、年々食事療法だけでは有効性が低下するのを感じ、理学療法や、食餌内容を補う強化食品を開発し採り入れるようになる。この問題は、農作物の質が低下したことと同時に、人間の身体の質も悪化したといわねばならない。こうした傾向は、森下のみならず、ドイツの食事療法家も同様の感想をもっていた。 お茶の水クリニックは令和1(2019)年4月に閉院し、同年7月、東京都八王子市の森下国際長寿科学研究所の前下方に「森下米壽庵クリニック」として再開した。令和1(2019)年12月31日、直前まで国際長寿科学研究所で業務をこなしていた森下は、高地における寒冷の夜、浴室に向かいヒートショックにて永眠する(享年91歳)。翌令和2(2020)年4月をもって、森下米壽庵クリニックは閉院となる。
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