お茶の水女子大学設立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 01:12 UTC 版)
戦後に新しい学制が敷かれることになると、専門的な学問と研究を行う国立の女子大学を設立させるために積極的に活動した。1949年、東京女子高等師範学校からお茶の水女子大学となり、それに伴い教授に就任、1952年に名誉教授に就任した。72歳でお茶の水女子大学を退官するまで数多くの女性研究者の育成に力を注いだ。退職金として受け取ったお金を「保井・黒田奨学基金」として東京女子高等師範学校に寄付し、その基金は現在も若い女性研究者に教育の機会を与えている。
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