大塚校舎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 14:45 UTC 版)
「東京女子高等師範学校」の記事における「大塚校舎」の解説
1928年11月、東京女高師は文部省から東京市小石川区大塚町35番地の14号および東青柳町28番地の1号を新校地として交付され、設立以来の御茶ノ水を離れ大塚の新校地に移転することとなった。翌1929年から1932年にかけて寄宿舎・集会所(嚶鳴舎)・本館・講堂などが竣工し、女高師および附属学校園は1936年11月までに新校地に順次移転した(大塚校舎)。1945年には4月13日と5月25日の空襲により寄宿舎・嚶鳴舎・官舎などが焼失し、このため生徒は群馬県勢多郡横野村などに疎開を余儀なくされたが、戦争が終結すると順次復帰し授業も再開された。大塚校地は1949年5月の新制大学移行によるお茶の水女子大学設立で同大学のキャンパスとして継承され、現在に至っている(旧・東京女高師本館はお茶の水女子大学生活科学部本館として現在も使用されている)。なお後身校であるお茶の水女子大が現在地の大塚でなく「お茶の水(御茶ノ水)」を校名に冠しているのは、東京女高師創業の地である御茶ノ水を記念してのことである(旧御茶ノ水校地の現状については湯島聖堂を参照のこと)。
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