「意図的発見」という仮説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 07:06 UTC 版)
「ペドロ・アルヴァレス・カブラル」の記事における「「意図的発見」という仮説」の解説
研究者達の間では、一世紀以上にもわたり「カブラルのブラジル発見は意図的なものか偶然の結果なのか」という論争が繰り広げられている。意図的であったとすれば、当時のポルトガルは南大西洋の西に陸地が存在するという何らかの手掛かりを持っていたはずである。1854年、ブラジル歴史地理院での討議会において初めてこの可能性を提唱したのはペドロ2世であった。 1854年のこの会合までは、ブラジル発見は偶然の産物であるという推定の方が広く受け入れられていた。初期の研究においてこの立場を取っている書としては、フェルナン・ロペス・デ・カスタニェーダ(英語版)のHistória do Descobrimento e Conquista da Índia(インド発見と征服の歴史)(1541年)、ジョアン・デ・バロスのDécadas da Ásia(アジア史)(1552年)、ダミアン・デ・ゴイス(英語版)のCrônicas do Felicíssimo Rei D. Manuel(幸運王マヌエル伝)(1558年)、ガスパル・コレア(英語版)のLendas da Índia(インド史)(1561年)、修道士ヴィセンテ・ド・サルヴァドールのHistória do Brasil(ブラジル史)(1627年)、セバスティアン・ダ・ロカ・ピタのHistória da América Portuguesa(ポルトガル領アメリカの歴史)(1730年)などがある。 意図的発見説を提唱する最初の研究書は、1854年、ペドロ2世の会合直後にJoaquim Noberto de Sousa e Silvaによるものが出版された。これに続いて、ファルンハーゲン(英語版)、カピストラーノ・デ・アブレウ(英語版)、ペドロ・カルモン、ファビオ・ラモス、マリオ・バラータら複数の学者がこの説を論じている。歴史学者Hélio Viannaはカブラルのブラジル発見について、南大西洋の向こうに陸地があるらしいという知識ないし予感を持っていたのではないかと思える部分はいくつかあるものの、はっきりそうと言い切れるだけの論拠はないとしている。トマス・スキッドモア(英語版)もViannaの説を支持している。またC・R・ボクサーは、ブラジル発見が意図的であったかどうかという議論は「意味がないもの」と断じ、アンソニー・スミスはこの論争について「おそらく永遠に解決しないだろう」と結論づけている。
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