朝鮮漢字音 朝鮮漢字音の概要

朝鮮漢字音

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/09 12:20 UTC 版)

歴史と資料

朝鮮半島は中国と陸続きであるため、朝鮮には早い時期から間断なく漢字がもたらされてきたと推測しうる。しかしながら、訓民正音創製(1443年)以前の古代朝鮮語については、表音文字による朝鮮語の表記がなかったため、漢字音が具体的にどのような様相であったのかを知るのが困難である。そのような中で古代朝鮮語の漢字音推測の手がかりとなるのが郷札口訣吏読などの借字表記における音読字の読み方である[2]

1443年に表音文字である訓民正音が作られると朝鮮語は明示的に示されるようになったが、15世紀の間は東国正韻式漢字音よって漢字音が示された。東国正韻式漢字音は伝来漢字音(実際の漢字音)でなく人工的に考案された音なので、当時の現実の漢字音を知るための資料にはなりえない。

伝来漢字音が文献において初めて示されたのは、『六祖法宝壇経諺解』と『真言勤供三壇施食文諺解』(1496年)である。これ以降、伝来漢字音による漢字注音が一般化する。崔世珍が作った漢字学習書『訓蒙字会』(1527年)も伝来漢字音によって注音がなされている。

朝鮮漢字音の音韻体系と特徴

ここでは現代朝鮮語における漢字音について、その体系と特徴を概観する。

初声

朝鮮語の初声(音節頭子音)の種類は以下の19種類である。このうち、漢字音の初声として用いられるのは15種類である。表中において《  》で示された音は漢字音に現れない音である。なお、以降においてローマ字は福井玲式の翻字(詳細は朝鮮語のローマ字表記法を参照)である。

両唇音 歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音 声門音
閉鎖音 摩擦音


平音 b d s j g
激音 p t c k h
濃音 《bb 《dd ss 《jj gg
鼻音 m n
流音 r

朝鮮漢字音の初声において、阻害音はそのほとんどが平音か激音である。初声に濃音を持つ漢字音は以下の3字の字音と極めて限られている。しかしながら、これらも中期朝鮮語では平音で現れ、現代語に至る過程で濃音化したものである。従って、朝鮮漢字音にはもともと初声に濃音を持つ漢字音がなかった。

  • ss():双 ssaq(),氏 ssi(
  • gg():喫 ggig(

「d,t()」は母音「i(;ie などの半母音を含む)」と結合しない。また、「s,j,c()」は半母音「i-( など)」と結合しない。ただし、中期朝鮮語においてはそれらの結合がありえた。前者の場合、例えば「田」の字音は「dien()」であったが、近世朝鮮語期に口蓋音化が起こり「jien()」となり、さらに現代朝鮮語に至る過程で「jen()」となったものである。

中声

朝鮮語の中声(母音、半母音+母音[3]、および二重母音)21種のうち、漢字音に現れないのは「iai()」1種のみである。

単母音 a e o u y i ai ei oi ui
/y/+母音 ia ie io iu 《iai iei
/w/+母音 oa ue oai uei
二重母音 yi

中声の種類にはかなりのバリエーションがあるが、初声あるいは終声との結合に制約のあるものもある。例えば、単母音のうち「y()」は唇音の初声「b,p,m()」とは結合せず、後ろに必ず終声を伴うとか、/w/ を含む中声は「oa,ue()」を除いて終声と結合しないなどの制約がある。

「ai,ei()」は現代朝鮮語においてそれぞれ単母音 [ɛ][e] と発音されるが、これらの単母音は中期朝鮮語においてはその文字の構成の通りに二重母音 [ai][əi] と発音されたと見られる。すなわち、例えば「太」の漢字音「tai()」は中期朝鮮語において [tʰai]であったと推測され、それは中国語音 [tʰai] の反映であり、日本漢字音の「タイ」とも対応関係にある。その後、近世朝鮮語期に二重母音が単母音化し、現代朝鮮語のような音に至るわけである。

終声

朝鮮語には7種の終声(音節末子音)があるが、このうち「d()」を除いた6種が漢字音に現れる。は-tに由来する。

両唇音 歯茎音 軟口蓋音
阻害音 b 《d g
鼻音 m n q
流音 r

中声との結合において制約のある場合がある。例えば、終声「b,m()」は中声「o,u()」と結合しない[4]など。

アクセント・長音

中期朝鮮語には高調と低調からなる弁別的な高低アクセントの体系があり、低調(平声)・高調(去声)・低高調(上声)の3種類のパターンが存在した。漢字音においては低調・高調・低高調の全てがありえた。中期朝鮮語のアクセント体系は近世朝鮮語に至って崩壊・消滅する。この中で低調と高調の複合である低高調は低調あるいは高調に比べて音の長さが倍であるため、アクセント消滅後に長母音としてその痕跡を留めることとなった。

  • 事 sa([saː]

俗音

本来の音読みとは違って一部の単語で使われる音を俗音(속음)または通用音(통용음)と言う。

漢字 本音 俗音
허락(許諾▽)
곤란(困難▽)、논란(論難▽)
모란(牡丹▽)
설탕(雪糖▽)
대로(大怒▽)
(語頭:논) 의논(議論▽)
(語頭:육) (語頭:유) 유월(六▽月)、오뉴월(五六▽月)
(語頭:육) 살육(殺戮▽)
모과(木▽瓜)
시월(十▽月)、시왕(十▽王)
맹세(盟誓▽)
폐렴(肺炎▽)
초파일(初八▽日)
괴팍(乖愎▽)
궐련(卷▽煙▽)

南北分断と漢字音

大韓民国(以下「南」)と朝鮮民主主義人民共和国(以下「北」)とで字音の異なる漢字が散発的に存在する。

漢字 南の漢字音 北の漢字音
giag( gie(
’oai( ’oi(
gei( giei(

また、北において「讐」の漢字音「su()」は「怨讐」という漢字語においてのみ「ssu()」となる。これは「怨讐」が「元帥」と同音になるのを避け、「怨讐」を「’uenssu(원쑤)」に改めたためと見られる。

漢字音「miei,piei()」は北では「mei,pei()」となる。これは「miei,piei()」の実際の発音(//,//)に即してつづりを改めたものと推測される。

漢字語において、語頭に「r()」あるいは「n()」が来る場合は、南の標準発音では音が交替する(「頭音法則」と呼ばれる)。語頭の「r()」は /i/ および半母音 /y/ の直前で「’()」に、それ以外の場合は「n()」に変わる。語頭の「n()」は /i/ および /y/ の直前で「’()」に変わる。北の標準発音では語頭の「」,「」は維持される。[5]

なお、南北間でのこれらの違いについては、「朝鮮語の南北間差異」中の漢字語に関する表記も参照のこと。


  1. ^ ただし、元の中国語音において複数の音がある場合には朝鮮漢字音でも複数の音がありうる。例えば「易」の漢字音「’ieg()」(cf. 日本漢字音: エキ)と「’i()」(cf. 日本漢字音: イ)など。
  2. ^ 例えば、郷札における「為理古」という表記から「理,古」の古代朝鮮語における字音がそれぞれ「ri,go()」であった可能性が高いと見ることができる。
  3. ^ oi(),ui()は標準発音法に従い、それぞれ単母音([ø][y])と見なす。
  4. ^ 例外で「品, 稟」の漢字音「pum()」などがある
  5. ^ ただし、頭音法則は「漢字語」という語彙部類における音韻変化の一種であり、漢字音それ自体は南でも「r()」,「n()」を伴っていると見なす。
  6. ^ ローマ字の翻字について詳細は朝鮮語のローマ字表記法を参照。また、中期朝鮮語のローマ字翻字については中期朝鮮語も参照。
  7. ^ 口訣などにおいて「乙」を /r/ 音の表記に用いているのはその現れといえる。
  8. ^ 伊藤智ゆき (2007: 247) によれば、文献に現れた漢字音のうち上声の78.32%、去声の78.44%が低高調で現れたという。


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