たばこ たばこの概要

たばこ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/03 14:42 UTC 版)

店頭に並ぶ様々なたばこ製品(日本コンビニエンスストア2022年

歴史

喫煙のはじまり

パレンケ遺跡で発見された、喫煙の様子を描いたレリーフ

植物としてのタバコは、原産地のアンデス山脈地方から伝播して南北アメリカ大陸全域において使用されるようになった。7世紀ごろのマヤ文明パレンケ遺跡において発見された、神がタバコを吸うレリーフは、同時期に既に喫煙の習慣がはじまっていたことを示している[1]。たばこは嗜好品として使用されるほか、薬用や宗教行事においても多用されていた[2]

タバコの伝播

1492年クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を確認してしばらくすると、新大陸中に普及していたたばこは新たにやってきたヨーロッパ人たちの目に留まるようになった。新大陸からたばこはヨーロッパへと伝播し、1571年にはスペインの医師であるニコラス・モナルデスが新大陸の薬用植物誌を書いた中でたばこの使用法や薬効を詳述している[3][4]

アジアへの伝播はスペイン人によって1575年フィリピンに持ち込まれたものが最初であり、以後17世紀初頭までのわずかな間に福建省インドジャワ、日本などにたばこが広まっていった。ほぼ同じ時期に、中東サファヴィー朝オスマン帝国にもたばこが広められている。1630年までには西アフリカに、1638年にはマダガスカルでもたばこが確認され、こうしてたばこは新大陸発見からわずか130年ほど、本格的に普及のはじまった1570年代からは60年ほどで全世界へと普及した[5]。この伝播の過程においては、アフリカを除く伝播したほとんどの文化圏(ヨーロッパ諸国、アジア、中東等)においてたばこの薬効に触れた文献が存在しており、として受容された面が大きいと考えられている[6]。ただしいったん受容されると、どの文化圏においてもたばこはすぐに嗜好品としての地位を確立するようになった。

急速に全世界へと広まったことでたばこは重要な換金作物となり、世界各地で生産が行われるようになったが、なかでもたばこ生産が経済の重要な地位を占めるようになっていたのはイギリスの植民地であったチェサピーク湾地方にあるヴァージニアメリーランドの植民地だった。ここで生産された葉たばこはイギリスに輸入されたのちヨーロッパ大陸へと再輸出され、イギリス西インド諸島北アメリカ植民地を結ぶ三角貿易の重要な一角となっていた[7]。このたばこ生産は北アメリカ植民地に独自の経済的基盤を与えることとなった。

1970年代ごろからたばこの有害性を主張する禁煙運動が盛んとなり、先進国を中心にたばこの消費は減少の一途をたどることとなった。多国籍企業による豊富な資金力は、開発途上国においてたばこの消費を増加させたため、2005年には世界保健機関 (WHO) が主導するたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(たばこ規制枠組条約)が結ばれた[8]

喫煙法の歴史的変化

古代南北アメリカにおけるたばこの使用法としては、すでに噛みたばこ嗅ぎたばこ、喫煙の3種のすべてが出そろっており、また喫煙においてもそのまま乾燥させた葉を巻いて吸う(葉巻)、トウモロコシの葉などに刻んだ煙草を巻き込む(紙巻きたばこ)、刻んだ葉を喫煙具に入れて吸う(パイプや煙管)といった現代において使用される喫煙方法が出現していた[9]

新しくたばこが伝播した国々の喫煙方法はさまざまな形態を取った。もっとも一般的だったものは喫煙具に刻みたばこを詰めて喫煙するパイプたばこであり、スペインを除く各国はまず最初にこの方式でたばこを消費し始めた。日本もこの方式であり、喫煙のための煙管が広く普及した。これに対し、新大陸の広大な領土を持ちインディオたちとの接触も密であったスペインでは、まず葉巻と嗅ぎタバコという二つの方法が主流となった。このうち嗅ぎタバコはフランスを皮切りにヨーロッパへと普及していき、18世紀後半にはヨーロッパにおいてはパイプをしのぐ人気を持つようになった[10]。アジアでは全く新しい喫煙方法として、おそらく16世紀のペルシアにおいて水タバコが発明され[11]、17世紀中にはインドや中近東、東アフリカといった地域においてこれが主流の喫煙方法となった。

ヨーロッパ大陸においては19世紀中ごろから、嗅ぎタバコからパイプたばこへとふたたび喫煙方法の転換が起こった[12]。ただしこの転換は緩やかなもので、20世紀に入ってもしばらくの間は嗅ぎタバコの消費は一定の割合を占めており、またスウェーデンのように第二次世界大戦に入るまで嗅ぎタバコが主流となっていた国家も存在した[13]。また18世紀末から、それまでほぼスペインのみで消費されていた葉巻が徐々にヨーロッパ大陸に広まるようになり[14]、19世紀には流行を見せた。アメリカにおいては、アメリカ独立戦争のころからプラグタバコなどの噛みたばこが流行を見せるようになり、19世紀のほぼ全期間にわたってアメリカで最も利用される喫煙方法となっていた。この噛みたばこの隆盛はヨーロッパ大陸ではあまり見られず、アメリカの喫煙を特徴づけるものとなっていた[15]。20世紀に入ると紙巻きたばこが全世界において急速に普及し[16]、パイプたばこのみならずそれまで嗅ぎタバコが主流だったスウェーデンや噛みたばこが主流だったアメリカにおいてもたばこ消費の主流を占めるに至った。

有害性

世界保健機関 (WHO)元事務局長のグロ・ハーレム・ブルントランドが「たばこは最大の殺人者である」[8] と述べているように、20世紀になってからたばこの有害性が度々指摘されている。主な害として、中毒性、発がん性心臓病のリスク向上などが挙げられている。また、たばこの流煙には、一酸化炭素 (CO)、ニコチンタールシアン化物など、多くの有害物質が含まれており、非喫煙者と比べ、がん心臓病などの生活習慣病を発病しやすくなる。

薬物に関する独立科学評議会における、ニコチン含有製品を多基準意思決定分析英語版によって数値化した研究では、紙巻きたばこの有害性を100とすると、小型葉巻67、パイプ22、水パイプ14、ニコチンガムパッチは約2である[17]

たばこ産業は喫煙者を安心させるために「低タール」の紙巻たばこを開発し、1980年代に入るとさらに「ウルトラライト」などの商品を販売促進してきた[18] が、近年ではむしろ肺がん死亡率が上昇してきているという疫学研究の結果が得られており[19]、こうしたタバコが原因のひとつであるとして説明されている[20]。古い時代と比較して、女性も男性のように早い年齢で頻繁に吸うようになったことも、女性の死亡リスクを増加させてきた[21]

2015年12月16日イギリスの議会庶民院では、英国公衆衛生庁英語版が「電子たばこが紙巻たばこの喫煙よりも95%安全である」と広報しており、デーヴィッド・キャメロン首相(当時)は、「国民の健康を改善するための正当な方法であることをはっきりと説明すべきである」と答弁した[22]

死亡者で比較すれば、2009年アメリカ合衆国では、たばこに起因する443,000人の死亡が確認された一方で、アルコールでは98,334人であり、他の薬物では37,485人であった。2008年処方薬の過剰摂取による死亡が20,044人、違法薬物の使用に起因する死亡は16,044人である[23]


  1. ^ 「人々とたばこの関係」 日本たばこ産業 2017年2月17日閲覧
  2. ^ 「マヤ文明を知る事典」p217-218 青山和夫 東京堂出版 2015年11月10日初版発行
  3. ^ https://www.jti.co.jp/tobacco/knowledge/society/history/world/03_1.html 「スペインとたばこ」日本たばこ産業 2017年2月17日閲覧
  4. ^ 「タバコの世界史」p64-65 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  5. ^ 「タバコの世界史」p73-74 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  6. ^ 「タバコの世界史」p74-76 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  7. ^ 『イギリス帝国の歴史――アジアから考える』p48 秋田茂(中公新書, 2012年)
  8. ^ a b 世界保健機関、独立行政法人国立がん研究センター・訳『たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の歴史』(pdf)(プレスリリース)世界保健機関https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/tobacco_policy/project/fctc/FCTC_History.pdf2018年2月18日閲覧  2010 年初めまでの枠組条約の歴史。
  9. ^ 「さまざまな喫煙形態」 日本たばこ産業 2017年2月17日閲覧
  10. ^ 「タバコの世界史」p99 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  11. ^ 「タバコの世界史」p121 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  12. ^ 「タバコの歴史」p147 上野堅實 大修館書店 1998年2月1日初版発行
  13. ^ 「タバコの世界史」p125 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  14. ^ 「タバコの歴史」p151 上野堅實 大修館書店 1998年2月1日初版発行
  15. ^ 「タバコの歴史」p162 上野堅實 大修館書店 1998年2月1日初版発行
  16. ^ 「ビジュアル版 世界有用植物誌 人類の暮らしを変えた驚異の植物」p152 ヘレン&ウィリアム・バイナム著 栗山節子訳 柊風舎 2015年9月22日第1刷
  17. ^ Sweanor, David; Nutt, David J.; Phillips, Lawrence D.; Balfour, David; Curran, H. Valerie; Dockrell, Martin; Foulds, Jonathan; Fagerstrom, Karl et al. (2014). “Estimating the Harms of Nicotine-Containing Products Using the MCDA Approach”. European Addiction Research 20 (5): 218-225. doi:10.1159/000360220. PMID 24714502. https://www.karger.com/Article/FullText/360220. 
  18. ^ White, C. (2002). “Tobacco industry knowingly duped public with "low tar" brands”. BMJ 324 (7338): 633. doi:10.1136/bmj.324.7338.633. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1172091/. 
  19. ^ United States Department of Health and Human Services, Public Health Service, National Institutes of Health, National Cancer Institute 2011, pp. 1–12.
  20. ^ 喫煙女性の健康リスク激増、「軽い」タバコが一因か” (2013年1月25日). 2016年8月25日閲覧。
  21. ^ Thun, Michael J.; Carter, Brian D.; Feskanich, Diane; Freedman, Neal D.; Prentice, Ross; Lopez, Alan D.; Hartge, Patricia; Gapstur, Susan M. (2013). “50-Year Trends in Smoking-Related Mortality in the United States”. New England Journal of Medicine 368 (4): 351-364. doi:10.1056/NEJMsa1211127. PMC 3632080. PMID 23343064. http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMsa1211127#t=article. 
  22. ^ House of Commons Debates - 16 December 2015 : Column 1548. House of Commons Debates 16 December 2015. Vol. 603. 16 December 2015.
  23. ^ コロンビア大学嗜癖物質乱用国立センター (2012-06). Addiction Medicine: Closing the Gap between Science and Practice. p. 56, 60-61. http://www.casacolumbia.org/templates/NewsRoom.aspx?articleid=678&zoneid=51 
  24. ^ https://www.sankei.com/article/20150901-2OY3YRCQRVLWLPQ2LGRUCUYS7A/ 「酒・たばこ18歳解禁を 自民特命委、選挙権年齢下げ踏まえ提言」産経新聞 2015年9月1日 2017年2月18日閲覧
  25. ^ 「たばこに続く道 たばこ 文化 人生」p2 大川俊博 有斐閣 1991年12月30日初版第1刷
  26. ^ 国際郵便を利用したたばこの個人輸入について : 税関 Japan Customs”. www.customs.go.jp. 2019年7月1日閲覧。
  27. ^ なぜプロ野球選手は「タバコ」がやめられないのか? (4/4) Business Media 誠 2013年3月7日
  28. ^ David Brown (2010-10-09), Tony Gwynn suspects his cancer comes from chewing tobacco, Yahoo!Sports (英語), 2010年10月11日閲覧
  29. ^ http://espn.go.com/boston/mlb/story/_/id/11380584/curt-schilling-former-boston-red-sox-pitcher-says-chewing-tobacco-led-mouth-cancer
  30. ^ 川床邦夫『中国たばこの世界』<東方選書> 東方書店 1999年、ISBN 9784497995681 pp.187-202.
  31. ^ "FAOSTAT". faostat3.fao.org. 3 November 2016. {{cite web}}: Cite webテンプレートでは|access-date=引数が必須です。 (説明)
  32. ^ a b 「タバコの世界史」p131 ジョーダン・グッドマン著 和田光弘・森脇由美子・久田由佳子訳 平凡社 1996年11月18日初版第1刷
  33. ^ 「タバコの歴史」p232-233 上野堅實 大修館書店 1998年2月1日初版発行
  34. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3026294 「たばこの健康被害、アジア地域でまん延」AFPBB 2014年09月18日 2017年2月16日閲覧
  35. ^ https://jp.reuters.com/article/health-tobacco-idJPKBN14U0C7/ 「喫煙による死者数、2030年までに年800万人に増加へ」ロイター 2017年1月11日 2017年2月16日閲覧


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