溶血 溶血の概要

溶血

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/04 06:20 UTC 版)

溶血
溶血していない赤血球の浮遊液(左)は赤く不透明であり、静置すると赤血球が沈んで(中央)上澄みは無色であることが判る。溶血がおきると(右)液全体が赤色透明に変化し、時間をおいても沈降は見られない

概要

溶血とは、赤血球の細胞膜が、物理的または化学的、生物学的など様々な要因によって損傷を受け、原形質が細胞外に漏出して、赤血球が死に至る現象である。血液には白血球リンパ球など、赤血球以外の血球成分も含まれているが、「溶血」は赤血球についてのみを対象とした用語であり、赤血球以外の細胞の崩壊について溶血という語を用いることはない。

溶血を起こした赤血球は、あたかも溶けてしまったように細胞としての形や大きさを失って崩壊し、漏出したヘモグロビンによって細胞外の溶液(血漿など)が赤く着色する。溶血前の、正常な血液や赤血球を生理食塩水などに浮遊させた溶液(赤血球浮遊液)は、赤色不透明な懸濁液であるが、溶血を起こすと赤色透明な溶液に変化する。

分類

in vitro溶血とin vivo溶血
溶血は、生体外に取り出した後の血液や赤血球について観察することが多いが、ヒトなどの動物の生体内でも起きることが知られている。前者をin vitro溶血、後者をin vivo溶血(生体内溶血)と呼んで区別することがある。in vivo溶血はさらに、血流中(血管内)で溶血が起こるものと、脾臓における赤血球の破壊などのように特定の臓器で起きるものとに分類され、前者を血管内溶血、後者を血管外溶血と呼ぶ。医学分野においては、前者(血管内溶血)のことを単に「溶血」という場合も多い。
特異的溶血と非特異的溶血
溶血は、赤血球の細胞膜の破壊によって引き起こされる現象であるが、この細胞膜の破壊が赤血球に特異的な場合と、赤血球以外の細胞にも作用する場合がある。前者を特異的溶血、後者を非特異的溶血と呼ぶ。特異的溶血は、赤血球に特異的な抗体によって引き起こされる免疫学的な反応であり、赤血球に結合した抗体と補体の働きによって起きる。非特異的溶血は、より普遍的な細胞毒性、細胞傷害性による現象である。
細菌の溶血分類
細菌には溶血素を産生して赤血球を溶血するものが存在し、その血液寒天培地上での溶血のパターンによって、α型、β型、およびγ型(溶血を起こさないもの、非溶血性)に大別される。詳細は後述する。

原理

溶血は、赤血球の細胞膜破壊によって起きる現象である。これは物理的、化学的、生物的なさまざまな要因によって発生する。

浸透圧と溶血。低張液中(右)では赤血球の内部に水が流れ込んで溶血する。

物理的な要因としては、圧力遠心力その他、各種の機械的なストレスが挙げられる。代表的なものとしては、採血時に注射器内が過剰に陰圧になることや、遠心分離の過程で過剰な遠心力に曝されること、赤血球液を乱暴に撹拌したり、泡立てることなどがある。また、浸透圧が低い溶液(低張液)に赤血球を混ぜると、浸透圧の違いによって、細胞外の水が半透膜である細胞膜を通過して細胞内に流れ込みつづけ、最終的に赤血球が破裂することも、代表的な溶血現象である。正常な浸透圧脆弱性を有する赤血球ではNaCl濃度0.5%の食塩水中で溶血を開始し、0.35%で完全に溶血する。この他、赤血球液の凍結融解なども溶血の原因になる。

化学的な要因としては、各種の溶媒界面活性剤により、細胞膜を構成する脂質が溶解、損傷することで溶血を起こす。メタノールエタノールなどのアルコール類や、アセトンほか各種の有機溶媒石けんなどが挙げられる。一部の植物に含まれるサポニンなど、界面活性作用を持つ生理活性成分には赤血球に対しては溶血性を示すため細胞毒性を示すものがあり、特に毒性の高いものには溶血毒と呼ばれるものもある。真菌感染症の治療に用いる薬剤(抗真菌薬)には、真菌の細胞膜を傷害することで殺菌活性を発揮するものもあるが、これらはまた赤血球細胞膜をも傷害して、溶血を起こしうる。

生物学的な要因としては、抗体補体によって起きる溶血が知られる。赤血球に対する抗体が結合することで、あるいは別の活性化機構によって補体活性化のシグナル伝達が始まると、補体の各成分が順次活性化されていき(カスケード反応)、最終的に細胞膜を貫通するチャネル様のタンパク質複合体が形成されて細胞膜に孔があき、溶血を起こす。この他、病原性細菌が産生するタンパク質にも同様な機構で溶血性を示すものがあり、これらは溶血素(ようけつそ、ヘモリジン)と総称される。

溶血の問題点と利用

医療上、輸血血液検査などのために採血を行ったときや、赤血球を利用した実験(ウイルスによる血液凝集反応の確認など)を行う場合、溶血はしばしば望ましくない結果をもたらす。溶血が著しい血液は輸血に用いることが出来ず、また検査や実験の結果に影響を与えて、その結果の信頼性を失わせ、実験や検査の失敗につながる。生体内において溶血が起きると(in vivo溶血)、細胞の破壊によって赤血球が不足して、貧血などの原因になることがある。詳細について溶血性貧血を参照のこと。

一方、溶血は肉眼でも容易に観察が可能な現象であることから、生物学実験や検査医学の分野では古い時期から利用されてきた。蒸留水中で起きる溶血は、浸透圧半透膜の性質を理解するためのモデルとして、しばしば教材等に利用されている。細胞膜に傷害を与えるかどうかを指標とした、細胞毒性の簡便なスクリーニングに利用することも可能である。また、化膿レンサ球菌感染の指標となる抗ストレプトリジンO試験(anti streptolysin O, ASO, ASLO) も、従前は溶血を指標とする検査法が一般的であった[1]。このほか、細菌学の分野ではさまざまな細菌を鑑別同定し分類するために溶血性の確認が利用されている(次節を参照)。


  1. ^ 患者の血清に含まれる、化膿レンサ球菌溶血素(ストレプトリジンO)に対する中和抗体の力価を測定する。ただし旧来の溶血法に代わりラテックス凝集法が一般的になっている。
  2. ^ 本現象を発見した3名の研究者(R. Christie, N. E. Atkins, E. Munch-Peterson)の名前から命名された。


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