洛西ニュータウン 洛西ニュータウンの概要

洛西ニュータウン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/15 22:25 UTC 版)

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洛西ニュータウン
UR洛西新林団地(2020年3月)
所在地 京都府京都市西京区
範囲地域 新林、境谷、竹の里、福西[注 1]
開発規模 約260ヘクタール
整備主体 京都市
計画人口 約40,000人[文献 1]
計画戸数 10,900戸[注 2]
現在の人口 約21,700人[1][注 3]
現在の世帯数 9,895世帯[文献 1]
最寄駅 阪急京都本線桂駅洛西口駅
JR東海道本線JR京都線桂川駅
洛西ニュータウンの位置関係(施設など)[注 1]
(橙:東境谷町、青:新林池、桃:大蛇ヶ池)
(緑:洛西バスターミナル、紫:ラクセーヌ
(赤:洛西ニュータウン病院、茶:洛西高校
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歴史・概要

立地

京都市南西部にある西山断層崖の麓で小畑川が南に向かって流れる標高約70 mから約130 mの西山丘陵と呼ばれる丘陵地に立地している[3]。この丘陵地は小畑川を境にして東側が向日町丘陵で、西側が大原野台地とも呼ばれている[4]。開発前は、西山竹林と呼ばれる竹林が広がり[5](たけのこ)や富有柿等を産出する農山村地域であった[6]。また、「福西古墳群」と呼ばれる帆立貝式古墳を含む24基の古墳が集まった群集墳が残り[7]、小畑川の河岸段丘上には完成度の高いチャート製のナイフ形石器押型文土器が埋設されていた「大枝遺跡」などの考古学上の遺跡が多数存在する場所でもあった[4]

こうした考古学上の史跡は、開発前に「大枝遺跡」などの遺跡の発掘調査が行われて資料が残されたものの[4]、古墳は2基以外は発掘調査後に破壊される[8] など大半の遺跡が破壊されることになった[4]。ただし、一部の古墳が公園として残されている[4] ほか、西山竹林を伝えるものとして「京都市洛西竹林公園」がニュータウン内に整備された[5]

構想から開発の経緯

当ニュータウンの開発は、京都市会で1963年(昭和38年)に総合開発試案として取り上げられ、1968年(昭和43年)に議決されたのが始まりである[9]

これを受けて1969年(昭和44年)に計画が発表されたが[10]、用地買収が難航したことが影響して1972年(昭和47年)8月5日に着工することになった[9]。京都市最初の大規模計画住宅団地であり、新住宅市街地開発法を事業根拠とする「京都国際文化観光都市建設計画事業洛西新住宅市街地開発事業」として開発が進められた[2]。計画では、面積は約274 haで[3][11]、約10,900戸[3][12]、人口約40,000人を想定していた[3][11][12]。公営住宅や日本住宅公団、公社などが中高層の集合住宅を建設すると共に、宅地を分譲して低層の戸建住宅も整備され、京都市の住宅難の解消を目指した[3]

4つの地区に分けられており[13]、各地区毎に会館と商業施設からなる複合施設のサブセンターを整備し[14]、各家庭から徒歩で約10分以内にスーパーに買い物に行けるように計画されていた[13]。さらに、ニュータウン全体の中心施設地区として整備された「タウンセンター」には、バスターミナル高島屋を核店舗とするショッピングセンターのラクセーヌ、銀行、郵便局、京都市の西京区役所洛西支所や図書館などが入る総合庁舍、国民年金文化センターなどの官民の施設が集中的に立地して、生活の利便性を高めるようにされた[2]

また、1971年(昭和46年)の計画では[15]当時全線未着工だった京都市営地下鉄東西線を当ニュータウンを経由して長岡京駅まで建設するとされていた[10]1976年(昭和51年)に入居が開始され[16]1981年(昭和56年)4月に6,479戸と5年ほどで約60%の戸数が入居することになった[3]

計画の不実現による不便

計画されていた地下鉄の建設は実現せず、その後、ライトレールの建設構想も浮上したものの、いずれも実現しなかった[15]。そのため、現在も公共交通機関はバスのみとなっている。また、京都市と亀岡市を結ぶ老の坂峠国道9号などで慢性的な交通渋滞が生じているなど自動車での交通の利便性にも問題を抱えている[17]

こうした交通の利便性の悪さが影響して、当ニュータウンの中核の商業施設である「ラクセーヌ」は亀岡方面からの集客が少なくなるなど[17] 休日の集客や商圏の狭さで苦戦を強いられる状況になった[18]。さらに、4地区に配置された商業施設でもその内の3つでは核店舗のスーパーが撤退し、後継店舗が入居した1か所を含めても半分の2か所しかスーパーが営業しておらず、徒歩で約10分以内にスーパーに買い物に行けるという利便性も失われる形となった[13]

世代の偏りによる高齢化と人口減少

当ニュータウンは、1976年(昭和51年)の入居開始から[16] わずか5年後の1981年(昭和56年)4月に6,479戸と約60%の戸数が入居したため[3]団塊の世代が多く住む形になった[19]。そのため、家族数が増加して家が狭くなって転出する家庭や、子供が成長して家を出て独立し、夫婦のみになる家庭などが増えることになった[20]。また、高齢化や少子化も進展しており[14]、入居開始から30年も経たないうちに人口が減少に転じることになった[20]

人口減少率は1995年(平成7年)と2015年(平成27年)の統計を比較すると33%減[文献 2]、世帯数は438世帯の減少であった[文献 2]。なお、各世代(幼年・少年(15歳未満。総称は「年少」)、青年・壮年・中年(15歳 - 64歳)、高齢者(65歳以上)の人口は幼年・少年が約3割、青年・壮年・中年は約5割の減少に対し、高齢者の人口が約4倍に増加したことを発表している[文献 2]

2023年令和5年)8月13日付の毎日新聞では、2020年令和2年)の人口は約21,700人となったことを発表した[1]。この人口はピークの6割である[1]。同年4月には洛西地域の活性化を議論する庁内会議の初会合が京都市役所で開催され、地域活性化などの議論が行われた[21]

公社の合併

当ニュータウンの商業施設などは、京都市が出資する第三セクターの「洛西ニュータウン管理公社」が運営していたが、同公社が外郭団体改革の一環で2009年(平成21年)3月末で解散して京都市住宅供給公社と4月に合併し、京都市住宅供給公社洛西事業部が継承することになった[22]

年表

交通

鉄道

1971年(昭和46年)の計画では[15]京都市営地下鉄東西線を当ニュータウンを経由して長岡京駅まで建設するとされていた[10] が実現せず[15]、その後、ライトレールの建設構想も浮上したものの[15]、いずれも実現しなかった[15]。そのため、現在も徒歩で利用できる駅はなく、もともとはバスなどを用いた阪急桂駅の利用が多かった。

境谷本通を東進した延長線上にある京都府道201号中山稲荷線に阪急洛西口駅2003年(平成15年)に開業したほか[25]、当ニュータウンのタウンセンターから東へ約3 km離れた[26] キリンビール京都工場跡地の再開発地区である「京都桂川つむぎの街」に[27]2008年(平成20年)10月18日にJR桂川駅が開業する[28] などより近い距離にも駅が出来ている。なお、駅までは京都市営バスなどを利用して約15 - 30分程度かかる。

バス

下記の各事業者がニュータウン内に乗り入れる。「タウンセンター」にはバスターミナル洛西バスターミナル)が設置されているが[2]、ヤサカバスはバスターミナルに乗り入れない。


注釈

  1. ^ a b 住区図および施設の位置案内(簡略図)は「洛西ニュータウンアクションプログラム 3ページ」を参照。
  2. ^ ※建設戸数は10,869戸(内訳:市営 2,725戸、府営 799戸、UR 3,052戸、高層分譲 928戸、低層分譲 3,365戸)[文献 1]
  3. ^ 平成27年国勢調査実施時は22,899人[文献 1]
  4. ^ 京都市では住居表示に関する法律に基づく住居表示は実施していない。

出典

  1. ^ a b c 洛西ニュータウン再生へ 子育て世代呼び込み人口減歯止め 京都」『毎日新聞』、2023年8月13日。2023年11月10日閲覧。オリジナルの2023年8月14日時点におけるアーカイブ。
  2. ^ a b c d e f g h i j 京都市/編 『史料京都の歴史 15 西京区』 平凡社、1994年10月。ISBN 978-4582477153
  3. ^ a b c d e f g 野外歴史地理学研究会編 『近畿野外地理巡検』 古今書院、1983年5月。ISBN 978-4772210720
  4. ^ a b c d e 中山修一先生古稀記念事業会 『長岡京古文化論叢』 同朋舎、1986年6月。ISBN 978-4582477023
  5. ^ a b c 杉野圀明 『観光京都研究叙説』 文理閣、2007年7月。ISBN 978-4892595486
  6. ^ a b c d e f g h i j 奥野進 『明治 大正 昭和 京都市立学校園沿革史』 京都報道センター、1981年9月。
  7. ^ 京都市/編 『史料京都の歴史 2 考古』 平凡社、1983年3月。ISBN 978-4582477023
  8. ^ 佐和隆研 奈良本辰也 吉田光邦 『京都大事典』 淡交社、1984年。
  9. ^ a b c d e 赤松俊秀 山本四郎編 『京都府の歴史 県史シリーズ 26』 山川出版社、1979年11月。ISBN 978-4634232600
  10. ^ a b c d e 『京都建設業協会沿革史』 京都建設業協会、1978年。
  11. ^ a b 上田篤 『都市の文化行政』 学陽書房、1979年11月。
  12. ^ a b 『朝日年鑑 1979年版』 朝日新聞社、1979年2月20日。
  13. ^ a b c 渡邉哲也 『「瑞穂の国」の資本主義 2020年・日本が世界を席巻する』 PHP研究所、2014年6月11日。ISBN 978-4569819112
  14. ^ a b シンクタンク年報 2002』 総合研究開発機構、2001年12月。ISBN 978-4795560192
  15. ^ a b c d e f g 村上弘 田尾雅夫 佐藤満 『京都市政公共経営と政策研究』 法律文化社、2007年1月。ISBN 978-4-589-02994-2
  16. ^ a b c 長谷敏夫 『日本の環境保護運動』 東信堂、2002年10月。ISBN 978-4887134584
  17. ^ a b 戸所隆 『商業近代化と都市』 古今書院、1991年11月1日。ISBN 978-4772217156
  18. ^ “洛西ニュータウンにニトリ 来秋、ラクセーヌ駐車場”. 京都新聞 (京都新聞社). (2014年5月20日)
  19. ^ “高島屋、「洛西高島屋」リニューアル 団塊層をターゲットに”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2006年3月24日)
  20. ^ a b 金田章裕 石川義孝 編 『日本の地誌 近畿圈』 朝倉書店、2006年3月20日。ISBN 978-4-254-16768-9
  21. ^ 人口激減する京都・洛西ニュータウンの「起爆剤」検討 高島屋周辺の再整備も」『京都新聞』、2023年4月29日。2023年11月10日閲覧。オリジナルの2023年5月14日時点におけるアーカイブ。
  22. ^ “洛西ニュータウン管理公社 市住宅供給公社と合併へ”. 京都新聞 (京都新聞社). (2009年1月22日)
  23. ^ a b c 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版』 東洋経済新報社、2008年。
  24. ^ a b “高齢化進むニュータウンに待望のコンビニ 食料品などの移動販売も”. 京都新聞. (2020年2月21日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/167488 2020年2月21日閲覧。 
  25. ^ “まちづくり、市域越え 京都市と向日市、15日交流宣言”. 京都新聞 (京都新聞社). (2014年10月8日)
  26. ^ “今秋開業イオン客誘い込め 京都・南区、周辺既存店が対抗”. 京都新聞 (京都新聞社). (2014年6月6日)
  27. ^ “愛称は「京都桂川つむぎの街」 キリンビール工場跡地”. 京都新聞 (京都新聞社). (2014年4月17日)
  28. ^ “JR新駅「桂川駅」に 東海道線 10月18日開業”. 京都新聞 (京都新聞社). (2008年6月18日)
  29. ^ 京都市洛西竹林公園”. 京都市洛西竹林公園. 2023年8月27日閲覧。
  30. ^ 西山に見守られる山里 大原野のみどりを歩く”. 京のみどり情報「みどりのウォーキングマップ」. 京都市都市緑化教会 (2011年3月). 2015年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月25日閲覧。 “(※当公園の詳細は「住宅街の中のオアシス 大蛇ヶ池公園(だいじゃがいけこうえん)」を参照)”
  1. ^ a b c d 洛西ニュータウンアクションプログラム 4ページ
  2. ^ a b c 洛西ニュータウンアクションプログラム 7ページ


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