プランクの法則 プランクの法則の概要

プランクの法則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/10 06:21 UTC 版)

黒体放射スペクトル

1900年ドイツの物理学者マックス・プランクによって導かれた。プランクはこの法則の導出を考える中で、物体が光を吸収または放射する時、そのエネルギーは、エネルギー素量(現在ではエネルギー量子と呼ばれている)ε = 整数倍でなければならないと仮定した。この量子仮説[2]量子化)は、その後の量子力学の幕開けに大きな影響を与えた。

より一般的な導入として、黒体の項目も参照

概要

プランクの法則において、黒体から輻射される電磁波の分光放射輝度は、周波数 ν と温度 T の関数として

と表すことができる[3]。ただし、ここで分光放射輝度 I (ν, T) は、放射面の単位面積、立体角、周波数あたりの放射束を表しており、hプランク定数kボルツマン定数c光速度を表す。分光放射輝度 I(ν, T) = 2.82 kT の位置にピークをもち[4]、高周波数においては指数関数的に、低周波数においては多項式的に減少する。

また、分光放射輝度を全立体角について積分することで、分光エネルギー密度に関して

と表すこともできる[5]。ここで分光エネルギー密度 u は単位体積、単位周波数あたりのエネルギーの次元(単位は J/(m3 Hz))を持ち、周波数が νν+dν の間に存在する単位体積あたりのエネルギーは u(ν, T) dν によって与えられる。この式を周波数について積分すれば、全エネルギー密度を得る。黒体の輻射場は光子気体と考えることができ、その場合、全エネルギー密度は光子気体の熱平衡状態を指定する状態量の一つとなる。

プランクの法則において、分光放射輝度は波長 λ の関数として

という形であらわすこともできる[3]。 ここで波長と周波数は λ = c/ν という関係式によって結びついている[6]。この関数は hc = 4.97 λkT の位置にピークをもつ。これはヴィーンの変位則でより一般的に用いられるピークである。

また、分光エネルギー密度についても、波長が λλ+dλ の間にあるエネルギー密度を u' (λ, T) dλ とし、波長 λ の関数として表示すれば、

と表すこともできる。ここで分光エネルギー密度 u' は単位体積、単位波長あたりのエネルギーである。

周波数範囲 1, ν2] または波長範囲 [λ2, λ1] = [c/ν2, c/ν1] において放射される放射輝度は、I(ν, T) または I' (λ, T) の積分として求められる。

なお、周波数が増加するとき波長は減少するため、2つの積分では上限・下限が入れ替わっている。

次の表に、数式の中に現れるそれぞれの記号の定義とSI単位cgs単位を示す。

記号 意味 国際単位系 cgs単位系
I, I' 分光放射輝度 または エネルギー(単位時間表面積立体角、周波数(波長)あたり) J⋅s−1⋅m−2⋅sr−1⋅Hz−1, または J⋅s−1⋅m−2⋅sr−1⋅m−1 erg⋅s−1⋅cm−2⋅Hz−1⋅sr−1, または erg⋅s−1⋅cm−2⋅sr−1⋅cm−1
ν 周波数 ヘルツ (Hz) ヘルツ
λ 波長 メートル (m) センチメートル (cm)
T 黒体の温度 ケルビン (K) ケルビン
h プランク定数 ジュール⋅秒 (J⋅s) エルグ⋅秒 (erg⋅s)
c 光速 メートル毎秒 (m/s) センチメートル毎秒 (cm/s)
e 自然対数の底, 2.718281... 無次元量 無次元量
k ボルツマン定数 ジュール毎ケルビン (J/K) エルグ毎ケルビン (erg/K)

歴史的背景

1859年、キルヒホッフは黒体の放射する輻射場の熱平衡分布は温度のみに依存することを明らかにし、その翌年、空洞放射が理想的な黒体輻射を実現することを示した。それ以降、ある温度 T における黒体輻射のエネルギー密度の分布を振動数 ν(もしくは波長 λ = c/ν)の関数として求めることが、実験と理論の両面から活発に進められた。プランクの公式以前、黒体輻射の分布式としては、レイリー・ジーンズの公式ヴィーンの公式が考案されていた。ヴィーンの公式はヴィルヘルム・ヴィーンが1896年に発表した公式であり、短波長(高周波数)領域においては実験データと一致するものの、長波長(低周波数)では一致しなかった。一方、レイリー・ジーンズの公式(1900年に不完全な形でレイリーが発表)は反対に長波長(低周波数)領域で実験結果とよい一致を示すものの、短波長(高周波数)領域では合わなかった。

マックス・プランクは1900年10月(論文発行は1901年[7][8][9])に、ヴィーンの公式より良い公式を得ようとする過程でプランクの公式を考案した。プランクによるこの公式は、全ての波長領域において非常によく実験データと一致した。次に、この法則の導出方法を構築する過程で、プランクは物質中の荷電振動子の異なるモードについて、電磁エネルギー分布を考えた。これらの振動子のエネルギーが離散的になっていると仮定したところ、プランクの法則を導出することができた。具体的には、エネルギーは振動数 ν に比例するエネルギー素量(エネルギー量子E、すなわち

の整数倍の値のみ取りうるということである。

プランクはこの量子化の仮定を、アルベルト・アインシュタイン光電効果の説明のために光子の存在を仮定するよりも5年に行っていた。この時点では、プランクは量子化は空洞壁面にあるであろう微小の共鳴子resonator、現在でいう原子)にのみ適用されるものであり、光それ自身が離散的なエネルギーの束や塊を伝播する性質を有しているとは仮定しなかった。更には、プランクはこの仮定にはなんら物理的重要性はなく、公式を導くための単なる数学的な道具に過ぎないと考えていた。しかしながら、エネルギーの量子化は物理学史上、初めて導入された量子論的概念であり、その後の量子力学の形成に大きな役割を果たした。プランクによるエネルギーの量子化仮説とアインシュタインの光量子仮説は、ともに量子力学の発展における基礎となっている。

なお、プランクの公式では黒体は全ての周波数の電磁波を放出するとしているが、これは非常に多数の光子が測定される実験でのみ実際に適用できる。例えば室温 (300 K) における表面積が1平方メートルの黒体は、1000年に一度程度しか可視領域の光子を放出せず、よって通常の実験などにおいては黒体は室温では可視光線を放出されないといっても差し支えない。実験データからプランクの法則を導出する際などのこの事実の重要性については[10]で議論されている。


  1. ^ 法則の辞典. “プランクの輻射法則とは”. コトバンク. 2020年11月18日閲覧。
  2. ^ 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,世界大百科事典内言及, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,精選版. “量子仮説とは”. コトバンク. 2021年9月28日閲覧。
  3. ^ a b (Rybicki & Lightman 1979, p. 22)
  4. ^ Kittel, Thermal Physics p.98
  5. ^ a b Brehm, J.J. and Mullin, W.J., "Introduction to the Structure of Matter: A Course in Modern Physics," (Wiley, New York, 1989) ISBN 047160531X.
  6. ^ (Rybicki & Lightman 1979, p. 1)
  7. ^ a b Planck, Max (October 1900). “On the Law of Distribution of Energy in the Normal Spectrum” (English) (PDF). Annalen der Physik (Wiley-VCH Verlagドイツ語版英語版) 4: 553 ff. オリジナルの2011年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111006162543/http://theochem.kuchem.kyoto-u.ac.jp/Ando/planck1901.pdf. 
  8. ^ a b Planck, Max (October 19, 1900). “Ueber das Gesetz der Energieverteilung im Normalspectrum” (German) (PDF). Annalen der Physik (Wiley-VCH Verlagドイツ語版英語版) 309 (3): 553–563. http://www.physik.uni-augsburg.de/annalen/history/historic-papers/1901_309_553-563.pdf. 
  9. ^ a b Planck, M. (December 14, 1900). “Zur Theorie des Gesetzes der Energieverteilung im Normalspektrum” (German) (PDF). Deutsche Physikalische Gesellschaft 2: 237–245. オリジナルの2015年8月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150807054128/http://www.christoph.mettenheim.de/planck-energieverteilung.pdf. 
  10. ^ Ribaric, M.; Sustersic, L. (October 6, 2008) (PDF). arxiv:0810.0905. arXiv. http://arxiv.org/pdf/0810.0905. 
  11. ^ Einstein, A. (1916). “Zur Quantentheorie der Strahlung.”. Physikalischen Gesellschaft Zürich. Mitteilungen 18: 47. 
  12. ^ Einstein, A. (1917). “Zur Quantentheorie der Strahlung”. Physikalische Zeitschrift 18: 121. http://inspirehep.net/record/858448/files/eng.pdf.  The Collected Papers of Albert Einstein, The Berlin Years: Writings, 1914-1917, 6, Princeton University Press, http://einsteinpapers.press.princeton.edu/papers に収録(open access、§38)、英訳版がB. L. van der Waerden, ed (1967). Sources of Quantum Mechanics. Dover Publications に収録。
  13. ^ 高林(2002)、§4.6
  14. ^ 広重(1968)、§15-7
  15. ^ Kleppner, Daniel (2005). “Rereading Einstein on Radiation”. Physics Today 58: 30. doi:10.1063/1.1897520. 
  16. ^ Masters, Barry R. (2013). “Satyendra Nath Bose and Bose-Einstein Statistics”. Optics and Photonics News 24: 40. doi:10.1364/OPN.24.4.000040. 
  17. ^ 高林(2002)、§ 7.2
  18. ^ 広重(1968)、§15-9
  19. ^ Bose, S.N. (1924). “Plancks Gesetz und Lichtquantenhypothese”. Zeitschrift für Physik 26: 178. doi:10.1007/BF01327326. , 英訳版 Bose, S.N. (1976). “Planck’s Law and Light Quantum Hypothesis”. Am. J. Phys. 44: 1056. doi:10.1119/1.10584. http://hermes.ffn.ub.es/luisnavarro/nuevo_maletin/Bose_1924.pdf. 
  20. ^ Einstein, A. (1925). “Quantentheorie des einatomigen idealen Gases. Zweite Abhandlung”. Sitzungsber. Preuss. Akad. Wiss., Phys. Math. Kl. Bericht 1: 3. https://web.physik.rwth-aachen.de/~meden/boseeinstein/einstein1925.pdf.  The Collected Papers of Albert Einstein, The Berlin Years: Writings & Correspondence, April 1923–May 1925, 14, Princeton University Press, http://einsteinpapers.press.princeton.edu/papers に収録、§427(open access)
  21. ^ Einstein, A. (1925). “Zur Quantentheorie des idealen Gases”. Sitzungsber. Preuss. Akad. Wiss., Phys. Math. Kl. Bericht 3: 18. 
  22. ^ Kragh, Helge Max Planck: The reluctant revolutionary Physics World, December 2000.






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