タヌキ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/13 10:37 UTC 版)
生態
森林のほか、農業地帯や都市部にも生息する[23]。湖などの水辺で、下生えの深い環境を好む[2][4]。シベリアの例では河川や小さい湖の周辺にある沼地や草原・藪地・広葉樹林などを好み、タイガは避ける[2]。夜行性だが、人間の影響がない環境では昼間でも活動する[4]。属名Nyctereutesは、古代ギリシャ語で「夜」の意があるnyctosと「探す」の意があるereunaに由来する[2]。交尾時期から子育てを終えるまでの間は、ペアを形成して行動する[19]。
行動圏は地域・季節などによって非常に変異が大きい[2]。巣穴は自分で掘らず[19]、自然に開いた穴やアナグマ類やキツネ類の巣穴を利用し、積み藁や廃屋などの人工物を利用することもある[4]。
本種には複数の個体が特定の場所に糞をする「ため糞(ふん)」という習性がある[24]。1頭のタヌキの行動範囲の中には、約10か所のため糞場があり、1晩の餌場巡回で、そのうちの2、3か所を使う。ため糞場には、大きいところになると、直径50cm、高さ20cmもの糞が積もっているという。ため糞は、そのにおいによって、地域の個体同士の情報交換に役立っていると思われる。
死んだふり、寝たふりをするという意味の「たぬき寝入り」とよばれる言葉は、猟師が猟銃を撃った時、その銃声が刺激となってタヌキは「擬死」の状態に入り、猟師が獲物をしとめたと思って持ち去ろうと油断すると、その間に擬死が解けて逃げ去っていってしまうという性質による[11]。同様の習性を持つことから、擬死を指す表現として英語圏では fox sleep(キツネ寝入り)、それよりさらに一般的なものとして playing possum(ポッサムのまねをする)という言いまわしがある[25]。また「タヌキ」という言葉は、この「たぬき寝入り」を「タマヌキ(魂の抜けた状態)」と呼んだのが語源であるという説がある[26]。
長い剛毛と密生した柔毛の組み合わせで、湿地の茂みの中も自由に行動でき、水生昆虫や魚介類など水生動物も捕食する。足の指の間の皮膜は、泥地の歩行や遊泳など水辺での活動を容易にする。
温暖な地域に生息する個体に冬眠の習性はないが、秋になると冬に備えて脂肪を蓄え、体重を50%ほども増加させる。積雪の多い寒冷地では、冬期に穴ごもりする[27]ことが多い。タヌキのずんぐりしたイメージは、冬毛の長い上毛による部分も大きく、夏毛のタヌキは意外にスリムである。
食性は雑食で、齧歯類、鳥類やその卵、両生類、魚類、昆虫、多足類、甲殻類、軟体動物、動物の死骸、植物(葉・芽・果実・堅果・漿果・種子)などを食べる[2][4]。ヒトには悪臭とされるイチョウの種子(ギンナン)も好んで採食する[23]。イヌ科の動物としては珍しく、あまり上手くないが木に登る習性があり、木に登ってカキやビワの果実を食べたりする。人家近くで残飯を漁ったりすることもある[4]。捕食者はオオカミ、イヌ、オオヤマネコ、クズリ、イヌワシ、オオワシ、ワシミミズクなどが挙げられる[2]。
繁殖様式は胎生。発情期は1 - 3月[2][4]。1頭のメスへ3 - 4頭のオスが集まり、ペアが形成されると周囲や互いに尿をかけて臭いをつける[4]。陰茎がメスの膣内で膨張して射精するまで抜けなくなり、尻合わせのような姿勢で交尾(交尾結合、タイ)を行う[4]。妊娠期間は59 - 64日[2][4]。5 - 7頭の幼獣を産むが、最大19頭の幼獣を産んだ例もある[2][4]。授乳期間は1か月半から2か月[4]。生後9 - 11か月で性成熟するが、繁殖を開始するのは生後2 - 3年以降が多い[4]。
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