アルタイ諸語 アルタイ諸語の概要

アルタイ諸語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/04 02:55 UTC 版)

アルタイ諸語
話される地域東アジア北アジア中央アジア西アジア東欧
言語系統かつては語族と考えられたが、現在は言語連合との考えが優勢。
下位言語
ISO 639-2 / 5tut
ISO 639-5tut
  朝鮮語族(含む場合あり)
  日琉語族(含む場合あり)
  アイヌ語ニブフ語 (稀に含む場合あり)

広義にはこれらに日琉語族朝鮮語族(まれにアイヌ語族ニブフ語)も加えられ[1]、拡大アルタイ語族(: Macro-Altaic languages)、また近年はマーティン・ロベーツらの造語で「トランスユーラシア語族: Transeurasian languages)」[6]と呼ばれる[7]が、これらに関しては常に議論の対象となっており、証明が受け入れられていた時期はない。「拡大アルタイ語族」からの逆成で、テュルク語族、モンゴル語族、ツングース語族を「縮小アルタイ語族(: Micro-Altaic languages)」と呼ぶことがある。[8]

「アルタイ諸語」の名は、中央アジアのアルタイ山脈(阿爾泰山脈)にちなみ命名されたものである[9]

構成言語と共通の特徴

アルタイ諸語であることが広く認められている言語グループには以下の3つがある。 これらそれぞれの中での系統関係は実証されているが、これらの間の系統関係については決着を見てはいない。

これらの言語グループにはいくつかの重要な共通の特徴が見られる。

また広義には、日琉語族日本語琉球語)と朝鮮語族朝鮮語済州語)もアルタイ諸語である。ただし、現在は、母音調和の特徴は欠いている。

  • 朝鮮語については過去に母音調和があった(中期朝鮮語)。
  • 日本語についても、過去に母音調和を行っていた痕跡が見られるとする主張もある(有坂池上法則など)[11]

アルタイ語族

アルタイ諸語を共通の祖語をもつアルタイ語族とする説は古くからあるが、母音調和を共通に行う3グループですら数詞などの基礎語彙が全く違うため[要検証]、少なくとも伝統的な比較言語学の手法によってアルタイ祖語を復元し、アルタイ語族の存在を証明することは困難である。

研究史

アルタイ諸語の研究は18世紀の北欧において開始され、のち20世紀前半にいたるまで北欧はアルタイ言語学の中心地のひとつであった。1730年スウェーデンの外交官であり地理学者であったフィリップ・ヨハン・フォン・シュトラーレンベルク英語版Philip Johan von Strahlenberg、1676–1747)が大北方戦争の際にロシア帝国の捕虜となりユーラシア大陸を移動した経験をもとに刊行した本で、ツングース諸語モンゴル諸語チュルク諸語に関する記述がある。それより一世紀経つと、フィンランドの語源学者・文献学者 マティアス・カストレン英語版Matthias Alexander Castrén, 1813–1853)は1854年の著作でアルタイ諸語にチュルク、モンゴル、満州・ツングースだけでなくフィン・ウゴル語派サモエード諸語などのウラル語族までを含めた。

19世紀から20世紀にかけてツングース諸語モンゴル諸語チュルク諸語を研究する学者の多くは、これらアルタイ語族をフィン・ウゴル語派サモエード諸語などのウラル語族とあわせて考えた(ウラル・アルタイ語族説)が、ロシアの歴史言語学者セルゲイ・スタロスティン(1953–2005)がそれを否定し、現在ではこれらの考え方は棄却されている。

1857年オーストリアAnton Boller が日本語をウラル-アルタイ語族に位置づけ、1920年代にはフィンランドの言語学者グスターフ・ラムステッドエフゲニー・ポリワーノフは、朝鮮語を同語族に分類した。ラムステッドのmagnum opus "Einführung in die altaische Sprachwissenschaft " (アルタイ諸語入門、'Introduction to Altaic Linguistics') が出版された。

以降、 ニコラス・ポッペ、Karl H. Menges、Vladislav Illich-Svitych、Vera Cincius のツングース研究などがある。ポッペは朝鮮語について、

  • アルタイ諸語のモンゴル語・テュルク諸語・ツングース語群との系統関係はないが、アルタイ系語族からの影響が見られる。
  • 朝鮮語は上記3語族と分岐する以前に文字体系の構築があったのではないか。

との仮説を提出している。

ロイ・アンドリュー・ミラーは、多くのアルタイ言語学者は日本語をアルタイ語族に帰属すると考えているし、またミラー自身も同様に考える、との見解を提出し[12]、以降、日本語もアルタイ語族にあらためて再分類された。

John C. Street はチュルク - モンゴル - ツングース語族から朝鮮 - 日本 - アイヌ語族集団と北東アジア語族集団が分岐したとする説を提起した。

ジョーゼフ・グリーンバーグユーラシア大語族 (Eurasiatic languages) を提唱したさいに、日本アイヌ ‐ 朝鮮言語集団と他のギリヤーク語エスキモー・アレウト語族シベリアチュクチ・カムチャツカ語族と区分した。

マルティン・ロベーツは、従来の広義のアルタイ語族(チュルク語族モンゴル語族ツングース語族日本語族朝鮮語族)を「トランスユーラシア語族」 (Transeurasian) と呼称している。「トランスユーラシア祖語」は紀元前6千年紀の遼西興隆窪文化原郷とし、雑穀農耕とともに周辺に拡散していったとしている[13][14]ベイズ法による系統解析により、トランスユーラシア祖語から日本・朝鮮系統/アルタイ系統の分岐を紀元前4700年、アルタイ祖語からツングース/チュルク・モンゴル系統の分岐を紀元前3293年、チュルク・モンゴル祖語からチュルク語族/モンゴル語族の分岐を紀元前1552年、日本・朝鮮祖語から日本語族/朝鮮語族の分岐を紀元前1850年と算出した[15]

  • 下図:マルティン・ロベーツによる「トランスユーラシア語族」の系統
Transeurasian(トランスユーラシア)
Japano‑Koreanic(日本・朝鮮)

Japonic(日本)

Koreanic(朝鮮)

Altaic(アルタイ)

Tungusic(ツングース)

Turko‑Mongolic(チュルク・モンゴル)

Mongolic(モンゴル)

Turkic(チュルク)


いずれにせよ、このアルタイ語族という分類の理論的な問題としてまず、それが語族なのか、言語連合(独: Sprachbund)なのか、という問題がある。

同根語による比較対象と内的再構

Sergei Anatolyevich Starostin の語彙比較分析によれば、潜在的な類縁関係を持つ同根語が15%から20%の割合で対応関係が認められた。

  • チュルクとモンゴル語: 20%
  • チュルクとツングース語:18%
  • チュルクと朝鮮語:17%,
  • モンゴル語とツングース語:22%
  • モンゴル語と朝鮮語:16%
  • ツングース語と朝鮮語: 21%

Starostin は結論として、アルタイ諸語はインドーヨーロッパ語族やフィン・ウゴル語派といった他のユーラジア語族よりも古く、それが後世のアルタイ諸語同士における対応関係の少なさを説明する、とした。

2003年には Claus Schönig はアルタイ諸語は発生的・遺伝的 (genetic) 関係において共通する基礎語彙をもっていないとした。

Starostinを代表とする辞典 Etymological Dictionary of the Altaic Languages[16]の編纂過程でのAnna V. Dybo、Oleg A. Mudrak、Ilya Gruntov、マーティン・ロベーツ(Martine Robbeets)らの研究では2800個の同根語集団を抽出し、この同根語集団を基礎に音韻的対応関係、文法的対応関係、アルタイ祖語の内的再構を試みたが、他の研究者との間で議論が継続中である。

子音対応表

Starostinらの研究(2003)における子音対応表は、同研究におけるアルタイ祖語の内的構成を踏まえて作られた[17]

アルタイ祖語 チュルク祖語 モンゴル祖語 ツングース祖語 朝鮮・韓国祖語 日本祖語
0-¹, j-, p h-², j-, -b-, -h-², -b p p p
t-, d-³, t t, tʃ4, -d t t t
k k-, -k-, -ɡ-5, -ɡ x-, k, x k, h k
p b b-6, h-², b p-, b p p
t d-, t t, tʃ4 d-, dʒ-7, t t, -r- t-, d-, t
k k-, k, ɡ8 k-, ɡ k-, ɡ-, ɡ k-, -h-, -0-, -k k
b b b-, -h-, -b-9, -b b p, -b- p-, w, b10, p11
d j-, d d, dʒ4 d t, -r- d-, t-, t, j
ɡ ɡ ɡ-, -h-, -ɡ-5, -ɡ ɡ k, -h-, -0- k-, k, 012
tʃʰ t
d-, tʃ d-, dʒ-4, tʃ s-, -dʒ-, -s- t-, -s-
j d-, j
s s s s s-, h-, s s
ʃ s-, tʃ-13, s s-, tʃ-13, s ʃ s s
z j s s s s
m b-, -m- m m m m
n j-, -n- n n n n
j-, nʲ dʒ-, j, n n-, nʲ14 m-, n, m
ŋ 0-, j-, ŋ 0-, j-, ɡ-15, n-16, ŋ, n, m, h ŋ n-, ŋ, 0 0-, n-, m-7, m, n
r r r r r r, t17
r r r r, t
l j-, l n-, l-, l l n-, r n-, r
j-, lʲ d-, dʒ-4, l l n-, r n-, s
j j j, h j j, 0 j, 0

他、母音対応表、韻律対応表、形態対応表、同根語表、基礎語彙表も作られ、各表の対応関係を見ると、各諸語の対応関係が成立している。しかし、それはアルタイ語族の存在の証明とはいまだなっていない。

他、突厥文字の代表的史料であるモンゴルの8世紀のオルホン碑文の対照研究からも様々な研究がなされている。


注釈

  1. ^ "While 'Altaic' is repeated in encyclopedias and handbooks most specialists in these languages no longer believe that the three traditional supposed Altaic groups, Turkic, Mongolian and Tungusic, are related."[2]
  2. ^ "When cognates proved not to be valid, Altaic was abandoned, and the received view now is that Turkic, Mongolian, and Tungusic are unrelated." [3]
  3. ^ "Careful examination indicates that the established families, Turkic, Mongolian, and Tungusic, form a linguistic area (called Altaic)...Sufficient criteria have not been given that would justify talking of a genetic relationship here."[4]
  4. ^ "...[T]his selection of features does not provide good evidence for common descent" and "we can observe convergence rather than divergence between Turkic and Mongolic languages--a pattern than is easily explainable by borrowing and diffusion rather than common descent",[5] has a good discussion of the Altaic hypothesis.

出典

  1. ^ a b Georg, Stefan; Michalove, Peter A.; Ramer, Alexis Manaster; Sidwell, Paul J. (1999-03). “Telling general linguists about Altaic” (英語). Journal of Linguistics 35 (1): 73-74. doi:10.1017/S0022226798007312. ISSN 1469-7742. https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-linguistics/article/telling-general-linguists-about-altaic/4062C2C55ABDE1D32E08D74FA26A6330#. 
  2. ^ Campbell, Lyle; Mixco, Mauricio J. (2007). A Glossary of Historical Linguistics. University of Utah Press. p. 7 
  3. ^ Nichols, Johanna (1992). Linguistic Diversity in Space and Time. Chicago. p. 4 
  4. ^ Dixon, R.M.W. (1997). The Rise and Fall of Languages. Cambridge. p. 32 
  5. ^ Pereltsvaig, Asya (2012). Languages of the World, An Introduction. Cambridge. pp. 211-216 
  6. ^ Robbeets, M. (2014). The Japanese inflectional paradigm in a Trans-Eurasian perspective. In Robbeets, M. & Bisang, W. (Eds), Paradigm Change in the Trans-Eurasian Languages and Beyond. Amsterdam: Benjamins, pp. 197–232.
  7. ^ アレキサンダー・ヴォヴィンの「WHY JAPONIC IS NOT DEMONSTRABLY RELATED TO ‘ALTAIC’ OR KOREAN」には「アルタイ語族のニュースピーク」と評されている。
  8. ^ Stratification in the peopling of China: how far does the linguistic evidence match genetics and archaeology? In; Sanchez-Mazas, Blench, Ross, Lin & Pejros eds. Human migrations in continental East Asia and Taiwan: genetic, linguistic and archaeological evidence. 2008. Taylor & Francis.
  9. ^ (Turks, Kalmyks).[1]
  10. ^ ただし、隣接する国・地域同士の言語は語族に関係なく語順が似てしまうことがある。また、SOV型は世界的に最も多く見られる語順である(言語類型論#語順)。
  11. ^ 金田一京助による身体語に関する考察などがよく知られている。詳細は母音調和#日本語における母音調和を参照。
  12. ^ Roy Andrew Miller:ロイ・アンドリュー・ミラー『日本語 歴史と構造』小黒昌一訳、三省堂、1972年(原著は1967年)。R.A.ミラー『日本語とアルタイ諸語』西田龍雄監訳、近藤達生、庄垣内正弘、橋本勝、樋口康一共訳、大修館書店、1981(原著は1971年)
  13. ^ Robbeets, M (2017) The language of the Transeurasian farmers. In Robbeets, M and Savelyev, A (eds), Language Dispersal Beyond Farming (pp. 93–116). Amsterdam: Benjamins.
  14. ^ Robbeets, M (2020) The Transeurasian homeland: where, what and when? In Robbeets, M, Hübler, N and Savelyev, A (eds), The Oxford Guide to the Transeurasian Languages. Oxford: Oxford University Press.
  15. ^ Robbeets, M and Bouckaert, R (2018) Bayesian phylolinguistics reveals the internal structure of the Transeurasian family. Journal of Linguistic Evolution 3, 145–162.
  16. ^ 3 vols.(Brill,2003)
  17. ^ 詳細や注釈は英語版wikipedia項目en:Altaic Languagesを参照
  18. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw bx by bz ca cb cc cd ce cf cg ch ci cj ck cl cm cn co cp cq cr cs ct 板橋義三,アレクサンダー・ヴォヴィン,長田俊樹(2003)日本語系統論の現在
  19. ^ Lee, Ki moon (1968, 1969)
  20. ^ Park, Byong chae (1968)
  21. ^ Ryu, Ryeol (1983)
  22. ^ Murayama Shichirō 1962
  23. ^ a b Shichiro Murayama 1962
  24. ^ a b c d e f g h Shinmura Izuru Memorial Foundation(2002)Kōjien
  25. ^ Murayama Shichirō (1962)
  26. ^ 『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史』(勉誠出版 2009年)


「アルタイ諸語」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アルタイ諸語」の関連用語

アルタイ諸語のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アルタイ諸語のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアルタイ諸語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS