ロジスティック写像とは? わかりやすく解説

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ロジスティック写像

(logistic map から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/06 14:39 UTC 版)

ロジスティック写像の振る舞いをクモの巣図法で示した図。初期値を0.2としてパラメータ(図中の r)を 1 から 4 まで増やしたときに起こる振る舞いの変化がアニメーションで示されている。

ロジスティック写像(ロジスティックしゃぞう、英語: logistic map)とは、xn+1 = axn(1 − xn) という2次関数差分方程式漸化式)で定められた離散力学系である。単純な2次関数の式でありながら、驚くような複雑な振る舞いを生み出すことで知られる。ロジスティックマップ[1][2][3]離散型ロジスティック方程式(英語: discrete logistic equation[4][5][6]、単に2次写像族[7][8]2次関数族[9][10]とも呼ばれる。

ロジスティック写像の a はパラメータと呼ばれる定数x変数で、適当に a の値を決め、最初の x0 を決めて計算すると、x0, x1, x2, … という数列が得られる。この数列を力学系分野では軌道と呼び、軌道は a にどのような値を与えるかによって変化する。パラメータ a を変化させると、ロジスティック写像の軌道は、一つの値へ落ち着いたり、いくつかの値を周期的に繰り返したり、カオスと呼ばれる非周期的変動を示したりと様々に変化する。

ロジスティック写像を生物の個体数を表すモデルとして見る立場からは、変数 xn は1世代目、2世代目…というように世代ごとに表した個体数を意味しており、ロジスティック写像とは現在の個体数 xn から次の世代の個体数 xn+1 を計算する式である。生物個体数モデルとしてのロジスティック写像は、ある生物の個体数がある環境中に生息し、さらにその環境と外部との間で個体の移出入がないような状況を想定しており、xn は正確には個体数そのものではなく、その環境中に存在できる最大個体数に対する割合を意味する。微分方程式で個体数をモデリングするロジスティック方程式の離散化からもロジスティック写像は導出でき、「ロジスティック写像」という名もそのことに由来する。

2次関数の力学系としての研究は20世紀初頭からあったが、1970年代、特に数理生物学者ロバート・メイの研究によってロジスティック写像は広く知られるようになった。メイ以外にも、スタニスワフ・ウラムジョン・フォン・ノイマンペッカ・ミュルバークフィンランド語版オレクサンドル・シャルコフスキーウクライナ語版ニコラス・メトロポリス英語版ら、ミッチェル・ファイゲンバウムなどがロジスティック写像の振る舞い解明に関わる仕事を成している。

定義と背景

単純に言えば、ロジスティック写像とは次のような2次関数である[11]

ロジスティック写像のグラフxn+1xn の関係)。グラフは放物線の形をしており、パラメータ a が変わると放物線の頂点が変わる。

前述のように、ロジスティック写像には生物の個体数の変動を考えるモデルとしての側面がある。このとき、ロジスティック写像の変数 x は生物の個体数を最大生息数で割った値であったから、x が取り得る数値は 0 ≤ x ≤ 1 の間に限られる[54]。そういった事情もあり、ロジスティック写像の変数の範囲を区間 [0, 1] に限って、その振る舞いが議論されることが多い[55]

変数を常に 0 ≤ x ≤ 1 に限定しようとすると、必然的にパラメータ a が取れる範囲は 0 から 4 まで (0 ≤ a ≤ 4) に限定される[56]。なぜならば、xn[0, 1] の範囲内にあれば、xn+1 の最大値は a/4 となっている[57]。したがって、a > 4 では xn+1 の値が 1 を超える可能性が出て来てしまう[56]。一方、a が負のときは、x が負の値を取るようになってしまう[58]

写像のグラフを利用することで、その振る舞いの多くを知ることもできる[59]。ロジスティック写像 xn+1 = ax(1 − xn) のグラフとは、横軸を xn(あるいは x)とし、縦軸を xn+1(あるいは f (x))として、平面上に xnxn+1 の関係を示した曲線である[60]。ロジスティック写像のグラフは、a = 0 の場合を除き、

ロジスティック写像のグラフ上で、クモの巣図法によった軌道を描いた例。また、グラフ上の不動点 xf 1, xf 2 の位置。

写像のグラフは、とくにロジスティック写像のような1変数の写像のグラフは、その写像の振る舞いを理解するための鍵である[64]。グラフの効能の一つは、不動点と呼ばれる点の図示である[65]。写像のグラフに重ねるように y = x の直線(45°の直線)を引く。この45°直線とグラフが交わる点があれば、その点が不動点である[66]。式で書くと、不動点とは

ロジスティック写像のパラメータ(図中では r)を 0.02 から 4 まで変化させたときの振る舞いの変化を示したアニメーション。横軸が繰り返し数 n(図中では t)、縦軸が x で、繰り返し計算 200 回までの x を図示している。

上述のように、ロジスティック写像自体は何の変哲もない2次関数であり、軌道の計算自体も中学生でも可能である[15]。力学系的に重要な問題は、パラーメータ a を変化させると軌道の振る舞いがどう変わるのかにある[12]a の数値によって、ロジスティック写像の軌道の振る舞いは単純にも複雑にも変わる[74]。以下、a を増やしていったときに、ロジスティック写像の振る舞いがどのように変化していくかを順に説明する。

0 ≤ a < 1 のとき

まず、パラメータが a = 0 のときは、初期値 x0 がどんな値であろうが、x1 = 0 となる[75]。つまり、a = 0 におけるロジスティック写像の軌道は、初期値以降の値が全て 0 となるような軌道で、この場合あまり調べる中身はない[75]

次に、パラメータが 0 < a < 1 の範囲にあるとき、初期値 x00 から 1 までのどんな数値であったとしても、xn単調に減少していく[76]。つまり、n → ∞ の極限で xn0収束する[77]。この収束先の xn = 0 という点は、式 (2-3) で示した不動点 xf 1 である[78]。このように周りの軌道が収束するタイプの不動点は、漸近安定安定、あるいは吸引的と呼ばれる[79]。逆に時間 n の増加と共に xf の近くの軌道が xf から離れていくならば、その不動点 xf不安定反発的と呼ばれる[79]

パラメータ a = 0.9 のクモの巣図(左)と時系列nxn の関係)の図(右)。軌道は 0 に向かって単調減少で収束する。


不動点が漸近安定かどうかを知るには、写像 f微分を求めるという一般的で簡単な方法がある[80]f (x) の微分 df (x)/dxf ′(x) と表すとする。 この微分が不動点 xf

漸近安定な不動点(左)と不安定な不動点(右)の接線傾きと周囲の軌道の様子

写像のグラフでこのことを見ると、グラフの曲線上の点 xf における接線の傾きが −1 から 1 の間にあれば、xf は安定で、その周囲の軌道は xf へ引き寄せられるということである[81]。ロジスティック写像の微分は、

a = 1 で起こるロジスティック写像のトランスクリティカル分岐の様子。a < 1 では xf 2 が不安定な不動点として [0, 1] の外に存在しているが、a = 1 で2つの不動点が衝突し、a > 1 では xf 2 が安定な不動点として [0, 1] の間に現れる。


分岐とは力学系の振る舞いが定性的に変わる現象を指す用語で、この場合のトランスクリティカル分岐では、不動点同士で安定性の交替が起きる[91]。つまり、a1 未満では xf 1 は安定、xf 2 は不安定であたったが、a1 を超えると xf 1 は不安定、xf 2 は安定になる[84]。分岐が起きるときのパラメータの値は分岐点と呼ばれる[92]。ここでは、a = 1 が分岐点である[90]

分岐の結果、ロジスティック写像の軌道は xf 1 = 0 ではなく、xf 2 = 1 − 1/a へ収束するようになる[93]。詳しく言えば、パラメータ 1 < a ≤ 2 であれば、01 を除く区間 (0, 1) 上の値から出発する軌道は、単調増加あるいは単調減少しながら xf 2 に収束する[93]。収束の仕方の違いは、初期値がどの範囲にあるかに依る[94]0 < x0 < 1 − 1/a では単調増加で収束し、1 − 1/a < x0 < 1/a では単調減少で収束し、1/a < x0 < 1 では最初の1ステップを除いて単調増加で収束する[94]

不動点 xf 2 = 1 − 1/a に単調減少で収束する例(a = 1.2、x0 = 0.6)
不動点 xf 2 = 1 − 1/a に単調増加で収束する例(a = 1.8、x0 = 0.2)


また、分岐によって不動点 xf 1 = 0 は不安定化するが、a > 1 以降も不動点として存在し続ける[95]。この不安定不動点 xf 1 にたどり着く初期値が、xf 1 自身以外に存在しないわけではない[96]。それが x0 = 1 で、a の値にかかわらずロジスティック写像は f (1) = 0 を満たすので、x0 = 1 に写像を1回適用すると xf 1 = 0 に写る[54]。この x = 1 のように、有限回の写像の反復で不動点に直接行き着くような点は最終的不動点などと呼ばれる[97]

2 < a < 3 のとき

a = 2.8 におけるクモの巣図法のアニメーション。不動点の周りを回りながら収束していく。

パラメータが 2 < a < 3 のときは、初期値 01 を除いて、1 < a ≤ 2 のときと同様に不動点 xf 2 = 1 − 1/a に収束する[98]。ただし、この場合は単調に収束するわけではない[99]。変数が xf 2 にある程度近づくと、変数は xf 2 よりも大きくなったり小さくなったりを繰り返し、xf 2 の周りで振動しながら収束していくような軌道を示す[99]

軌道の不動点周りでの振動は、次のような範囲を行き来する。このパラメータ範囲では、xf 2 は区間 (1/2, 1) 内に存在する[100]。写像を一回適用すると xf 2 に写る値を ~xf 2 と表記するとする。すなわち、f (~xf 2) = xf 2 という関係である[101]。変数が区間 (~xf 2, xf 2) に入ったとき、軌道の不動点周りでの振動が起こり出す[102](~xf 2, xf 2)(xf 2, a/4] へ写され、 (xf 2, a/4][1/2, xf 2) の中へ写され、…といった具合に振動する[103]

一般的に、分岐の様子を理解するのには分岐図が役に立つ[104]。この図は不動点(または後述の周期点x をパラメータ a の関数として表したグラフで、横軸に a の値を取り、縦軸に x の値を取って図示する[104]。 安定な不動点と不安定な不動点を区別するために、前者の曲線は実線で示し、後者の曲線は点線で示したりする[105]。ロジスティック写像の分岐図を書くと、不動点 xf 1 = 0 を表す直線と不動点 xf 2 = 1 − 1/a を表す曲線が a = 1 で交わり、安定性が入れ替わる様子がわかる[95]

パラメータ 0 から 3 までのロジスティック写像の分岐図。青線が不動点 xf 1 = 0 を表し、赤線が不動点 xf 2 = 1 − 1/a を表す。

3 ≤ a < 3.44949… のとき

パラメータがちょうど a = 3 のときも、軌道は不動点 xf 2 = 1 − 1/a に収束する[106]。しかし、2 < a < 3 のときよりも変数が収束する速さは遅い[107]a = 3 では、微分係数 f ′(xf 2)−1 に達し、式 (3-1) を満たさなくなっている[108]a3 を過ぎると、f ′(xf 2) < −1 となり、xf 2 は不安定な不動点になる[108]。すなわち、a = 3 でまた分岐が起こる[108]

a = 3 では、周期倍化分岐と呼ばれる種類の分岐が起こる[109]a > 3 からは、軌道は1点に収束しなくなり、十分に時間 n が進んだ後でも大きい値と小さい値を交互に取り続けるような振る舞いに変わる[109]。例えば a = 3.3 であれば、変数は 0.4794…0.8236… という2つの値を交互に取り続ける[110]

a = 3.3 のときのクモの巣図と時系列。軌道は安定な2周期点に吸引される。


このように同じ値を周期的に巡り続ける軌道を周期軌道と呼ぶ[111]。今の場合、n → ∞ における変数の最終的な振る舞いは2周期の周期軌道である[112]。周期軌道を構成する一つ一つの値(点)を周期点と呼ぶ[111]a = 3.3 の例で言えば、0.4794…0.8236… がそれぞれ周期点である[113]。ある x が周期点だとすると、2周期点の場合は x に写像を2回適用すると元に戻るので、

a = 2.7 のときの xn+2xn の関係。周期倍化分岐が起こる前。軌道は不動点 xf 2 に収束する。
a = 3 のときの xn+2xn の関係。不動点 xf 2 での接線傾きはちょうど 1 となり、周期倍化分岐が起こる。
a = 3.3 のときの xn+2xn の関係。xf 2 は不安定化し、軌道は周期点 x(2)f 1x(2)f 2 に収束する。


2周期点の微分係数をロジスティック写像について実際に計算すると、

パラメータ a1 = 3 から a = 3.56994… の間で起こる周期倍分岐カスケードの軌道図。64周期(a5)以降は間隔が非常に狭くなり、ほとんどつぶれている。


パラメータがちょうど周期倍化カスケードの集積点 a = a であるとき、変数 xn は永遠に閉じることのない非周期軌道へ引き付けられる[147]。言い換えると、a では無限周期の周期点が存在している[148]。この非周期軌道はファイゲンバウム・アトラクタ[149]臨界2アトラクタ[150]と呼ばれる。アトラクタとは、周りの軌道を引き付けるような性質をもった領域を指す用語で、引き込まれて最終的に続く軌道のことである[151]。これまで述べてきた吸引的な不動点や周期点もアトラクタの仲間である[152]

ファイゲンバウム・アトラクタの構造は、カントール集合というフラクタル図形と同じ構造になっている[153]。ファイゲンバウム・アトラクタを構成する点は、無限個でなおかつその濃度実数と等しい[154]。一方で、構成する点のどの2つを選んでも、その間に不安定な周期点が必ず存在し、点の分布は連続ではない[155]。また、ファイゲンバウム・アトラクタのフラクタル次元は、ハウスドルフ次元あるいは容量次元でおよそ 0.54 であることが知られている[156]

カントール集合の構成例。線分の真ん中3分の1を無限に除去し続けると、長さは 0 で何も残らないように見えて、点の数は非可算無限で、それぞれの点のどれだけ小さい近傍の中にも他の点が無限に含まれる、という図形ができる[157]

3.56994… < a < 4 のとき

カオスの出現

a = 3.82のときのロジスティック写像のカオス軌道。オレンジ四角が x0 = 0.1234 から出発する軌道で、青緑丸が ˆx0 = 0.1234 + 10−9 から出発する軌道。
x0 = 0.1234 から出発する軌道と ˆx0 = 0.1234 + 10−9 から出発する軌道の差が、指数関数的に成長する様子。縦軸は Δxn = |xnˆxn| で、対数スケールで表示している。

パラメータ aa = 3.56994… を超えると、ロジスティック写像はカオスと呼ばれる振る舞いを示す[145]。カオスとは、大雑把に言えば、ロジスティック写像を表す差分方程式のように確率的な曖昧さがなく次の状態が完全に一意に決まるにもかかわらず起こる複雑で不規則な振る舞いのことである[158]。ロジスティック写像の a > a の範囲はカオス領域と呼ばれる[159]

カオスが持つ本質の一つが、バタフライ効果という言葉で象徴される予測不可能性である[160]。これは、カオスによって初期の状態のわずかな違いが後の状態に巨大な差をもたらすという性質に起因する[160]。離散力学系で言えば、2つの初期値 x0ˆx0 がどれだけ近い値だとしても、時間 n がある程度進めば、それぞれの行先 xnˆxn は著しく離れてしまう[161]。例えば a = 3.95 を使い、x0 = 0.1ˆx0 = 0.1000000001 というきわめて近い2つの初期値でそれぞれの軌道を計算すると、その差は、反復29回を過ぎたころから図上ではっきりわかるほど巨視的な違いに成長する[162]

以上のような初期値鋭敏性と呼ばれるカオスの性質は、リアプノフ指数によって定量的に表される。1次元写像の場合、リアプノフ指数 λ は次のように計算できる[163]

a = 3.55 から a = 4 までのロジスティック写像の軌道図(図中では パラメータが r 表記)


各窓では、a = 3.56994… よりも前で起きた周期倍化分岐のカスケードが再び起きる[171]。ただし、それらの周期は前のような 2k の安定周期軌道ではなく、3×2k5×2k のような新しい安定周期軌道が生成される[172]。最初は p 周期で、そこから周期倍化カスケードが起こる窓は周期 p の窓などと呼ばれる[173]。例えば、周期3の窓は 3.8284 < a < 3.8415 辺りの領域に存在しており、この領域内では 3, 6, 12, 24, …, 3×2k, … という風に周期が倍化していく[174]

a = 3.8285 で起きる過渡カオスの様子。3周期軌道に吸引されるまでカオス的に振る舞う。

窓の領域では、カオスは消えておらず背後に存在している[175]。しかし、このカオスは不安定であるため、安定な周期軌道のみが観測される[175]。窓の領域では、軌道が初期値から安定周期軌道に吸引されるまでに、この潜在的なカオスが現れる[176]。このようなカオスを過渡カオスと呼ぶ[177]。このようにカオスが潜在的に存在している点において、窓は a より前で現れた周期軌道とは異なる[175]

窓の数は、a < a < 4 の範囲に無限個ある[178]。それらの窓の周期は様々で、3 以上の全ての自然数に対応する周期の窓が存在する[179]。しかし、各周期の窓がそれぞれ1回ずつ発生するわけではない[180]p の値が大きいほどその周期の窓は多く繰り返し発生する[181]。周期3の窓は1回きりで、例えば周期13の窓は315 回発生する[182]。その周期3の窓で3周期軌道が生じるとシャルコフスキー順序が完成し、全ての周期の軌道がそれで一通り出現し終える[183]

p素数の場合に限定すると、周期 p の窓の個数は

a3 よりもわずかに小さいときの f3(x) のグラフ。グラフは不動点以外では接しておらず、3周期点が存在しない。
a3 ちょうどのとき。グラフは3点で対角線にちょうど接し、3周期点が生まれる。
a3 よりもわずかに大きいとき。グラフは対角線を通り過ぎ、安定な3周期点と不安定な3周期点に分かれる。


この分岐点 a3 よりもわずかに小さい a = 3.8282 のときの xn 振る舞いを見てみると、不規則変化に加えて、ほぼ3周期で周期的変化する振る舞いも存在しており、これらが交互に発生する様子が確認される[192]。このような周期的振る舞い部分はラミナーと呼ばれ、不規則振る舞い部分はバーストと呼ばれる[193]。バーストとラミナーの時間帯の長さに規則性は無く、不規則に変化する[194]。しかし、より a3 に近い a = 3.828327 という値で振る舞いを観察すると、a = 3.8282 のときよりラミナーの平均的な時間長さが長くなり、バーストの平均的な時間長さが短くなる[194]。さらに a を大きくしていくとラミナーの長さがどんどん大きくなっていき、a3 に至ったところで完全な3周期に変わる[195]

a = 3.8282 のときの時系列
a = 3.828327 のときの時系列
a3 = 3.828427… 直前で起きる間欠性の様子。周期的にほぼ同じ3つの値が続いている部分がラミナー、カオス的な不規則変化を起こしている部分がバースト。


このように、ラミナーという秩序的な運動とバーストという乱れた運動が間欠的に繰り返し起こる現象は、間欠性間欠性カオスと呼ばれる[196]。パラメータ a を逆に a3 から小さくする方向で考えてみると、これはカオスの発生の一種となっている[197]。パラメータが窓から離れる方向へ動くほど、バーストが支配的になっていき、最終的には完全なカオス状態となる[198]。これも前述の周期倍分岐ルートと同じくカオスに至る一般的な道筋の一種で、このような接線分岐による間欠カオスの発生を特徴とした道筋は間欠性ルートと呼ばれる[199]

f3(x) のグラフで現れるチャネルの様子

間欠性の発生メカニズムもまた、写像のグラフから理解することができる[194]aa3 よりもわずかに小さいとき、f3(x) のグラフと対角線の間にはとても小さい隙間が存在する[190]。この隙間はチャネルと呼ばれ、狭いチャネルを軌道が通過するために多数の写像の反復が起こる[200]。このチャネルを通り過ぎる過程では xnxn+3 はとても近い値になり、実質的にほとんど3周期軌道のように変数が変化する[198]。これがラミナーに相当する[201]。軌道はやがてこの細いチャネルを抜けるが、写像の大域的な構造の結果、ふたたびチャネルに戻って来る[202]。チャネルを離れている間はカオス的な乱れた動きをする[202]。これがバーストに相当する[201]

バンド、窓の終わり

カオス領域の全体に目を移すと、カオスであっても窓であっても、軌道図の縦軸の最大値と最小値(アトラクタの上限値と下限値)はある範囲内に限られている[203]。式 (2-1) が示すようにロジスティック写像の最大値は a/4 で与えられ、これがアトラクタの上限値となる[204]。アトラクタの下限値は、a/4 が写る点 f (a/4) で与えられる[204]。結局、軌道図で xn が動く最大値と最小値は、パラメータ a に依存して

バンド構造の様子。ep の間隔が急激に小さくなっていくため、8バンド以上は図示できていない。軌道が収まっている最上部と最下部の線が式 (3-16) の範囲内にある。


2バンドカオスの左端 a = 3.590 からさらに値を小さくしていくと、周期倍加分岐のときと同じようにバンドの数が2倍ずつ増えていく[212]p−1 バンドカオスが分裂して p バンドカオスになる分岐点、あるいは p バンドカオスが融合して p−1 バンドカオスになる分岐点を ep (ただし p = 1, 2, 4, …, 2k, …)で表すとする。すると、周期倍加分岐と同じように p → ∞ep はある値に集積する[213]。この集積点 e でバンドの数は無限となり、e の値は a の値と一致する[214]

ロジスティック写像の軌道図全体の自己相似階層構造

a より前に現れた周期倍化分岐カスケードの分岐点についても、同じように、p 安定周期軌道が分岐して p+1 安定周期軌道になる分岐点を ap(ただし p = 1, 2, 4, …, 2k, …)で表すとする。このとき、a2 から e2 までの軌道図に着目すると、a1 から e1 までの全体軌道図の縮小版が a2 から e2 までの軌道図の中に2つ存在している[215]。同様に、a4 から e4 までの軌道図に着目すると、a1 から e1 までの全体軌道図の縮小版が a4 から e4 までの軌道図の中に4つ存在している[215]。以下同様に ap から ep までの軌道図には全体軌道図の縮小版が p 個存在しており、ロジスティック写像の分岐構造は無限の自己相似階層を備えている[215]

ロジスティック写像の窓の自己相似階層構造

分岐構造の自己相似階層は、窓の中にも存在する[216]。窓の中の周期倍化分岐カスケードは、2k 周期分岐のカスケードと同じ筋道をたどる[217]。つまり、窓の中で無限回の周期倍化分岐が起き、それを過ぎると振る舞いはまたカオスとなる[217]。例えば周期3の窓では、a3∞ ≈ 3.8495 で安定な周期軌道のカスケードが終わる[218]a3∞ ≈ 3.8495 を過ぎると、振る舞いは3の倍数のバンドカオスになる[218]aa3∞ から増えるにつれて、このバンドカオスも2個ずつ融合していき、窓が終わる最後にはバンドの数は3つになる[219]。このような窓の中にあるバンドの中にも、無数の窓がまたさらに存在している[220]。結局、窓の中には 1 ≤ a ≤ 4 の軌道図全体の縮小版が含まれているような恰好となり、窓の中にも分岐の自己相似階層構造が存在している[221]

窓が終わると、広範囲のカオスに戻る。周期3の窓であれば、a ≈ 3.857 で最後の3バンドカオスが大きな範囲の1バンドカオスへ変わって窓が終わる[222]。しかし、この変化は非連続的で、3バンドのカオスアトラクタは突然大きさを変化させ、1バンドへ変わる[223]。このようにアトラクタの大きさが非連続的に変わる現象は、クライシスと呼ばれる[224]。窓の終わりで起きるような種類のクライシスは、特に内部クライシスとも呼ばれる[225]。窓の終わりでクライシスが起きるとき、安定な周期軌道が軌道図上では見えない不安定周期点とちょうど接触する[226]。これによって周期軌道が逃げ出せる出口が生まれ、内部クライシスが発生する[227]。内部クライシス直後には、ある時間帯では広域のカオスとして振る舞うが、ある時間帯では元のバンドカオス的振る舞いも起こし、窓の始まりと同じような一種の間欠性が現れる[197]

a = 4 のとき

パラメータ a = 4 のロジスティック写像のクモの巣図(左)と、n = 500までの時系列図(右)。初期値 x0 = 0.3 の場合。

パラメータが a = 4 に達すると、振る舞いは [0, 1] 全域を経巡るカオスとなる[205]。このとき、リアプノフ指数 λ は最大となり、もっともカオスが強い状態といえる[228]a = 4 におけるロジスティック写像の λ は正確な値を求ることができ、その値は λ = log 2 である[229]。カオスの厳密な数学的定義はまだ統一されていないが、よく知られているカオスの定義の一つに対して a = 4 のロジスティック写像は [0, 1] 上でカオス的[注釈 1]であることが証明できる[231]

a = 4 のときの不変測度 ρ (x) のグラフ。点プロットは、(高さを ρ (x) に合わせた)10000回反復で得られた実際の点の頻度を示す。

点の密度の不変測度 ρ (x) も、a = 4 のときは次のような正確な関数で与えることができる[232]

ロジスティック写像 fa=4 の軌道を 0 と 1 の記号列に変換すると、あらゆる記号列が再現できる

カオスの重要性の一つに、決定論的性質と確率論的性質の二重性がある[236]。力学系は決定論的な過程だが、変数が取る範囲を適当に粗視化すると確率的な過程と区別ができなくなる[236]a = 4 のロジスティック写像の場合であれば、あらゆるコイン投げの結果をロジスティック写像の軌道で記述できる[236]。このことを詳述すると次のとおりである[237]

1/2 の確率で表裏が出るコイン投げを想定し、何回もコイン投げを続ける。表が出たときを 0、裏が出たときを 1 とすれば、表裏表表裏…という結果は 01001… といったような記号列になる。一方で、ロジスティック写像の軌道 x0, x1, x2,… について、x = 0.5 以下のものは 0x = 0.5 を超えるものは 1 に変換し、軌道を 01 から成る記号列に置き換える。例えば、初期値 x0 = 0.2 とすれば、 x1 = 0.64, x2 = 0.9216, x3 = 0.28901, … となるので、軌道は 0110… という記号列になる。前者のコイン投げによる記号列を SC とし、後者のロジスティック写像による記号列を SL とする。記号列 SC には、ランダムなコイン投げで記号を決めていったのであらゆるパターンの数列があり得る。よって、ロジスティック写像による記号列 SL がどんなものだったとしても、SC の中に同一のものが存在する。そして、「実に驚くべきこと」として、この逆が成立する。つまり、どのような SC の記号列であっても、初期値を適切に選びさえすればロジスティック写像の軌道 SL によって実現できる。すなわち、任意の SC に対し、SC = SL となる x0[0, 1] 中にただ1点存在する[237]

a > 4 のとき

a = 4.5 のロジスティック写像では、[0, 1] のほとんどの全ての点から出発する軌道はマイナス無限大へ向かう

パラメータ a4 を超えると、ロジスティック写像のグラフの頂点 a/41 を超える[238]。グラフが 1 を突き抜けている範囲から、軌道は [0, 1] を抜け出せるようになる[238]。その結果、[0, 1] のほとんどの全ての点から出発する軌道はどこかの時点で [0, 1] を抜け出し、最終的にマイナス無限大へ発散してしまう[239]

この a = 4 で起こる分岐もクライシスの一種で、とくに境界クライシスと呼ばれる[240]。この場合の境界クライシスでは、[0, 1] にあったアトラクタが不安定化・崩壊し、なおかつ外側にアトラクタも存在しないため、軌道が無限遠へと発散してしまう[240]

一方で、a > 4 の条件下でも [0, 1] の中に留まり続ける軌道がある[241]。分かりやすい例は [0, 1] 内の不動点や周期点で、これらは [0, 1] の中に留まり続ける[241]。しかし、[0, 1] の中に留まり続ける軌道には、不動点や周期点以外の軌道も存在している[242]

f (x) > 1 を満たす x の区間を A0 とする。上記の通り、変数 xnA0 に一旦入ると、マイナス無限大へ発散する。写像を1回適用すると A0 へ写る x[0, 1] の中に存在している。この x の区間は2つに分かれており、それらをまとめて A1 とする。同じように、写像を1回適用すると A1 へ写る区間も4つ存在し、それらを A2 とする。以下同じように、n 回反復で A0 にたどり着く区間 An2n 個存在する[243]。 したがって、次のように [0, 1] から An を無限回取り除いた区間 Λ が、I の中に留まり続ける軌道の集まりである[244]

パラメータ a が −2 から 4 までの軌道図。負側も正側もこれらのパラメータ範囲を超えると発散する。

特別な場合の厳密解

パラメータ a が特定のロジスティック写像については、時刻 n と初期値 x0陽に含む厳密解が以下のように得られている。

a = 4 のとき[247]
正弦写像 (4-1) のグラフ
正弦写像 (4-1) の軌道図

ロジスティック写像で現れた上記の分岐のパターンは、ロジスティック写像に限定されない[239]。ある条件を満たした写像で、この分岐パターンが共通して現れる[239]。次の正弦関数を使った力学系はその一例である[251]

テント写像 (4-8) の軌道の様子。a = 4 のロジスティック写像と位相共役な関係を持つ。

また、a = 4 のロジスティック写像 fa=4 は、次のテント写像 T (x) やベルヌーイシフト写像 B (x) と位相共役な関係にある[267]

ロジスティック方程式の解の例。個体数 N は時間 t が経過すると初期値によらず環境収容力 K に収束する。

ロジスティック方程式 (5-6) は、ロジスティック写像 (5-4) と一見似ているが、解の振る舞いはロジスティック写像とは大きく異なる[277]。初期値 N0 が正である限り、ロジスティック方程式の個体数 N は常に単調に K に収束するのみである[294]

このロジスティック方程式に、1階常微分方程式数値解法の一つであるオイラー法による差分化近似を施すことによって、ロジスティック写像が導出できる[注釈 2]。オイラー法の差分化近似とは、適当な時間間隔(時間刻み幅)Δt を導入し、増殖率 dN/dt を以下のように近似することである[296]

a = 3.8 と D = 0.43 の結合写像モデル (6-2) の2つの変数の変化(上)とそれらの差(下)。2つの変数は、同期の後に不意に非同期状態になり、また同期状態に戻る。

式 (6-1) および (6-2) 中の εD は結合係数などと呼ばれる、写像同士の結合の強さを意味するパラメータである[317]。他方で、ロジスティック写像を結合写像モデルに組み込む場合、ロジスティック写像のパラメータ a はモデルの非線形性の強さを意味する[318]a の値と ε または D の値を変化させることで、ロジスティック写像の結合写像系では様々な現象が現れる。例えばモデル (6-2) では、D をある値 Dc 以上に大きくすると、xy は同期しながらカオス振動を行う[319]Dc 未満でも常にバラバラのカオス振動が起こるだけでない[320]D がある範囲のときは、a = 4 であるにもかかわらず xy は2周期振動を起こす[320]a = 3.8 では、同期状態と非同期状態が交互に起こり続けるような振る舞いも見られる[321]

大自由度の大域結合写像 (6-1) にロジスティック写像を適用した研究では、カオス的遍歴と呼ばれる現象も見つかっている[322]。これはいくつかのクラスターでまとまって振動する秩序的な状態から乱れた状態になり、また別のクラスター状態になり、再度乱れた状態になり…、という振る舞いを繰り返す現象で、相空間上でアトラクタの残骸と言われるような領域を軌道が経巡ることで起こると考えられている[323]

擬似乱数生成器

コンピューターシミュレーションや情報セキュリティ分野では、計算機で擬似乱数を作成することが重要な技術の一つで、擬似乱数を作る手法の一つとしてカオスの活用が考えられる[324]。カオスからの擬似乱数生成器で十分な性能を持つものはまだ実現されていないが、これまでにいくつかの手法が提案されてきた[324]。ロジスティック写像についても、これまでにカオスに基づく擬似乱数生成器の可能性が複数の研究者たちによって調べられてきている[234][325][326]

ロジスティック写像の擬似乱数生成には、パラメータ a = 4 がよく利用されている[327][328][329]。歴史的にも、後述の通り、電子計算機の誕生から間もない1947年にスタニスワフ・ウラムジョン・フォン・ノイマンa = 4 のロジスティック写像を使った擬似乱数生成器の可能性を指摘している[330]。しかし、ロジスティック写像 fa=4 の点の分布は、式 (3-17) で示されるような分布になっており、出てくる数値が 01 の近くに偏る[234]。そのため、偏りのない一様乱数を得るためには何らかの処理が必要となる[234]。その方法としては、

  1. 得られた数値をテント写像 (4-8) との関係を用いて一様分布に変換する方法[327]
  2. 得られた数値を上述のコイン投げの比喩のように閾値を使って 01 に変換し、これを繰り返して一様乱数のビット列を得る方法[329]

などがある。また、ロジスティック写像で得られる数列の xnxn+1 には強い相関があり、擬似乱数の数列としては問題となる[234]。これを解消する方法の一つは、写像1回適用ごとの数列 x0, x1, x2, … を作るのではなく、適当な τ > 1 回反復ごとに数列 x0, xτ, x2τ, … を作る必要がある[234]。例えば、1番の方法に対しては τ > 10 または τ > 13[234]、2番の方法に対しては τ > 16 で良好な擬似乱数が得られるといわれる[329]

コンピュータを用いてデジタルにカオスを計算する一般的問題として、コンピュータでは有限計算精度で計算するため、カオス本来の真に非周期な数列を原理的に得ることができず代わりに有限の周期列が出力されるという問題点がある[325]。原理的に非周期列が得られない場合であっても、擬似乱数生成のためにはできるだけ長い周期の数列が望ましい[325]。しかし、単精度浮動小数点数計算でロジスティック写像 fa=4 が実際に出力する数列の周期性を調べた結果によると、割り当てられたビット数から可能な最大周期に比べて実際に出力される数列の周期はとても小さくなることが報告されており、この観点からメルセンヌ・ツイスタのような既存の擬似乱数生成器に比べてロジスティック写像による擬似乱数生成は劣ると指摘されている[325]。また、ロジスティック写像 fa=4 では、計算途中で数値が不動点 0 に落ち入り、そのまま一定値になるおそれもある[331]。一方で、ロジスティック写像では、開区間 (0, 1) の中で常に値を取るので、浮動小数点だけでなく固定小数点でも問題無く計算でき、固定小数点計算の利点を享受できる[331]。固定小数点であれば、同じビット数で比較して浮動小数点よりも長い周期の数列になることや意図しない 0 への収束が無くせることが指摘されている[331]

複素数への拡張

ロジスティック写像の軌道図(上)とマンデルブロー集合(下)の対応関係

複素解析関数で定義された力学系も興味を持たれる対象である[332]。その例が、次の2次関数で定義される力学系である[333]

遅延ロジスティック写像の軌道の様子。左右の図で初期値 (x0, y0) は同じだが、a = 2 での分岐を境に軌道が引き付けられる先が閉曲線(左)と点(右)に分かれる。

ロジスティック写像を生物の各世代の個体数を表すモデルと解釈すると、次の世代の個体数が現在の世代の個体数だけでなく、その1つ前の世代の個体数も現在の世代に影響する場合も考えられる[341]。そのような例が

スタニスワフ・ウラム
ジョン・フォン・ノイマン

1947年、数学者のスタニスワフ・ウラムジョン・フォン・ノイマンは “On combination of stochastic and deterministic processes”(参考訳:確率論的過程と決定論的過程の結合に関して)と題した短いレポートで、

ロバート・メイ(2009年撮)

その後1970年初頭に、数理生物学者のロバート・メイが、生態学の問題に取り組む過程で式 (1-2) のモデルに出会う[354]。メイはロジスティック方程式の離散時間化から式 (1-2) すなわちロジスティック写像を導入した[355]。ロジスティック写像の振る舞いを数理的に解析し、メイは1973年や1974年にその成果を発表した[356]。ロジスティック写像の数値実験が行われ、パラメータ a による振る舞いの変化が調べられた[357]。1976年には、”Simple mathematical models with very complicated dynamics”(参考訳:極めて複雑な振る舞いを有する単純な数理モデル)と題した論文を Nature から発表した[26]

1976年の論文はレビュー論文で、ロジスティック写像を題材にしながら、単純な非線形関数でも周期倍化分岐カスケードやカオスのような非常に複雑な振る舞いが起こることについて強調し、注意を促す内容であった[358]。特にこの論文は、メイの数理生物学者としての地位、研究結果の明快さ、そして何よりも単純な放物線の式が驚くべき複雑な振る舞いを生み出すという衝撃的な内容によって、大きな反響を巻き起こして科学界へと受け入れられた[359]。このようなメイの研究を経て、ロジスティック写像は多くの研究者をカオス研究へ惹きつけ、カオス研究の流れを改めて再スタートさせたと評されるほど著名な数理モデルとなった[360]

メイの研究以後

メイは、ティェンイェン・リー英語版ジェームズ・ヨーク英語版が論文 ”Period three implies chaos”(参考訳:3周期はカオスを意味する)で使った「カオス」という表現を積極的に用い、この論文にも注目を集めた[361]。異論もあるが、このリーとヨークの論文は「カオス」という語を数学用語として最初に使ったと考えられており、同論文によって決定論的な無秩序的振る舞いを指す用語「カオス」が生まれたとされる[362]。リーとヨークは、1973年に同論文を一旦完成させたが、The American Mathematical Monthly英語版 に投稿したところ研究色が強過ぎるので分かりやすく大幅に書き直すように告げられ、掲載を却下された[363][361]。その後、論文は書き直されることなく放っておかれていた[361]。しかし、翌1974年にリーとヨークが居たメリーランド大学にメイが特別招待講義にやってきて、ロジスティック写像の話をした[361]。当時、メイは、ロジスティック写像のカオス領域で何が起きているのかまだ理解できていなかったが、リーとヨークもまた、ロジスティック写像の周期倍化カスケードについて知らなかった[354]。メイの話に興奮したリーとヨークは、講義後にメイを捕まえて2人が得た結果の話をし、メイもその結果に驚いた[364]。すぐにリーとヨークは却下された論文を書き直して、再提出された論文は1975年に出版された[365]

ミッチェル・ファイゲンバウム(2006年撮)

また1975年頃、数理物理学者のミッチェル・ファイゲンバウムは、ロジスティック写像の周期倍化カスケードに注目すると、分岐値が等比級数的に収束するスケーリングの法則に気づき、今ではファイゲンバウム定数と呼ばれる定数の存在を数値実験から発見した[366]。メイもジョージ・オスター英語版とともにそのスケーリング則に気づいていたが、深く追うことまではできなかった[139]。ファイゲンバウムは、式 (4-1) で示した正弦写像でも同じ定数が現れることを発見し、このスケーリング則にはロジスティック写像だけに留まらない普遍性があることを知った[367]。1980年には、この結果に対する厳密な証明がピエール・コレ英語版ジャン=ピエール・エックマン英語版オスカー・ランフォード英語版らによって与えられた[368]。ファイゲンバウムとほぼ同時期あるいはその後、物理学者たちによって実現象に同じ周期倍化カスケードとファイゲンバウム定数が発見され、あくまでも数学的現象と見られていたカオスは物理学方面にも大きな衝撃を与えることとなる[369]

ただし、カオス流行以前の研究成果が軽視され、それらの研究成果の多くまでもがロジスティック写像などを用いた再発見者の功績扱いされる風潮への批判もある[352]。メイ自身も先行研究があったことを尊重した上で、自身の功績は「2次写像の奇怪な数学的挙動を独立に最初に発見」したのではなく、自分は「科学におけるその広範な意味づけを最後に強調した研究者たち」の一人であると位置付けている[353]。数学者のロバート・デバニー英語版は、自著でロジスティック写像の解説に入る前に次のように語っている[54]

これにより、単に2次関数 fλ(x) = λx(1 − x)(これもまたロジスティック写像と呼ばれる)を反復すれば、最初の個体数 x0 の運命が予測できるようになるというわけだ。簡単な話のように聞こえるだろうが、あえて言い添えておくならば、この単純な2次関数の反復が完全に理解できるようになったのは、何百人もの数学者の努力の末、やっと1990年代の終わり頃になってからのことなのである。

脚注

注釈

  1. ^ ここでいう写像がカオス的であるとは、次のようなデバニーの定義による[230]相空間上の不変部分集合 Λ をそれ自身へ写す写像 f : ΛΛ が以下の条件を満たすとき、 Λ 上で fカオス的であるという。
    • f は初期値に鋭敏に依存する。すなわち、ある δ > 0 が存在し、全ての xΛ とその近傍 N(x) ⊂ Λ の全てにおいて |fk(x) − fk(y)| > δ を満たす yNk > 0 が存在する。
    • f は位相的推移的である。すなわち、空ではない全ての部分開集合 U, VΛ に対し、fk(U) ∩ V ≠ ∅ を満たす k > 0 が存在する。
    • f の周期点が Λ 上に稠密に存在する。すなわち、周期点の全体から成る集合 P閉包 PP = Λ を満たす。
  2. ^ オイラー法の差分化近似によるロジスティック方程式からロジスティック写像の導出の詳細を以下に示す[295]。ロジスティック方程式



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