ファルナケス2世
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/12 05:59 UTC 版)
ファルナケス2世 Pharnaces II |
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ポントス王 ボスポロス王 |
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在位 | 紀元前63年 - 紀元前47年 |
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死去 | 紀元前47年 クリミア半島 |
子女 | デュナミス |
父親 | ミトリダテス6世 |
母親 | ラオディケ |
ファルナケス2世(Pharnaces II, ギリシア語: Φαρνάκης, ? - 紀元前47年)は、ポントス王国、ボスポロス王国の国王(在位:紀元前63年 - 紀元前47年)。ミトリダテス6世の息子でアリアラテス9世の弟。
来歴
紀元前63年、父がローマの将軍グナエウス・ポンペイウスによってポントスを追われてファルナケス2世の統治するボスポロス王国に逃げ込むと、ファルナケス2世はパンティカパイオンで父を自殺に追い込み、父の遺体をポンペイウスに引き渡してローマに降伏した。これによってファルナケス2世はポンペイウスによってボスポロスとポントスの支配を承認された。
やがて、ローマでポンペイウスとガイウス・ユリウス・カエサルの間に内戦が勃発すると、父が拡大したがローマに奪われたかつての領土を奪回すべく兵を挙げたものの、紀元前47年にゼラの戦いでカエサルに敗れた(カエサルの「来た、見た、勝った」の言葉で有名)。ファルナケス2世は敗走したが、まもなく本拠地のクリミア半島で簒奪者アサンドロスにより殺害された。
オペラの題材として
ファルナケス2世はイタリア語読みの「ファルナーチェ」の名で18世紀のオペラ・セリアに登場する。有名なものにアントニオ・ヴィヴァルディのオペラ『ファルナーチェ』(1724年)がある。また、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのオペラ『ポントの王ミトリダーテ』(1770年)の主要な登場人物でもある。
参考文献
- Richard D. Sullivan: Near Eastern Royalty and Rome 100-30 B. C., Toronto, Buffalo 1990
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「Pharnaces II of Pontus」の例文・使い方・用例・文例
- フェーズIとフェーズIIで許容副作用を伴い効果的であることが示される治療あるいは薬品の大規模な臨床試験
- 1228年から1229年までの十字軍は、病気になった神聖ローマ帝国皇帝フレディリックIIで導いて、法王によって破門されました
- 330,000人の連合軍隊が敵火の下で絶望的な退却において、北フランスの浜辺から避難しなければならなかった世界大戦IIの陸海空共同の避難(1940年)
- 腎臓にアンジオテンシンIIができるのを阻止し、動脈を弛緩してくれる抗高血圧薬
- アンジオテンシンIIへのさきがけであるアンジオテンシンの生理学的に不活発な形態
- 高血圧を治療するのに用いられるアンギオテンシンII抑制剤
- ASCII文字セットは最も一般的に用いられている文字セットである
- 王を補足したと考えられるI歴代志とII歴代志の旧約聖書の旧名
- ウルガタ聖書(IIエスドラス書を除いて)に含まれるが、ユダヤやプロテスタント版の聖書では省略される旧約聖書の14冊
- I歴代志、II歴代志、エズラ、およびネヘマイアからの編集から成る外典
- フレディリック神聖ローマ帝国皇帝IIを破門して、聖地に対して新しい十字軍を計画していた1245年の西方教会の協議会
- キャサリンIIの愛人であり、1762年に彼女が権力を握る支援を行ったロシアの役員で政治家
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- SALTII条約という2国間軍縮条約の内容
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- 72歳の映画監督と彼の息子は,9月25日,新作映画「バトル・ロワイアルII」の製作を発表するため,記者会見を行った。
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