IBMによる生産
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 04:53 UTC 版)
IBMのフレッド・M・キャロルは、標準的なパンチカードを製造する一連の輪転印刷機を開発した。1921年の機種は毎分400枚のカードを生産できた。1936年には全く新たな方式で毎分800枚を生産できる機種を開発した。キャロルのカード用輪転印刷機は、パンチカード製造に革命を起こした。1930年から1950年まで、キャロルの印刷機はIBM全体の利益の25%を生み出していた。 カード印刷機で使われていた印刷版はIBMのカードを丸めて円筒形にしたのと同じ大きさで、廃棄されたものはペン立てに使われたりしていた。様々なレイアウトの版があるので、コレクションの対象にもなっている。 IBMのマシンは顧客が買い取るのではなくリースするのが一般的だったため、IBMは当初純正カードのみを使うよう顧客に要求していた。IBMは事業をサービス業と認識しており、カードもマシンの一部だった。この件で1932年、アメリカ連邦政府がIBMを法的に訴えた。最高裁まで争ったが、IBMは敗訴。判決により、IBMはカードの仕様を指定することしかできないとされた。1955年にも同様の裁判があり、1962年までにIBMのパンチカード生産量をアメリカ全体の半分以下にするという和解がなされた。トーマス・J・ワトソンはパンチカード供給がIBMの最重要事業だと考えていたが、この和解にトーマス・J・ワトソン・ジュニアがサインすることで、IBMが新たな時代に入ったといえる。
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