Bの半生を知る関係者の発言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 03:42 UTC 版)
「篠栗男児餓死事件」の記事における「Bの半生を知る関係者の発言」の解説
Bは篠栗町から約50km離れた福岡県大川市にて5人家族(両親・兄・姉)の中で生まれ育った。近所で知らない人はいないほどの有名な家族で、近隣城民は「あの一家を良く思っている人は少ない」と語っている。Bの両親は近所の従業員30人ほどの木工所で20年就労し、父親は工場長だったが、工場が突然倒産して働き口がなくなって両親は新聞配達の稼ぎだけになり、次第に生活に困窮するようになった上にBの結婚のために結婚費用が掛かった。2001年頃にBの両親が近隣住民と金銭トラブルを起こし、両親が近隣住民に借金を電話で頼み、近隣住民多数から数百万円ほど借りたが、ほとんどの人に返済することなく、Bの母方祖父母を残して一家で夜逃げをした。近隣住民によるとBの母方祖父母時代から「うちは見張られていてる」「盗聴器が仕掛けられているから外すのに金がかかる」という理由でB家が何度も借金を申し込んできたという。当時の関係者によると地元の小中学校に通っていたBはかなり目立った存在で、小学生時から大柄・明るい性格・人気者だったというが、高価な物を買ってもらうことをしきりに周囲に自慢し、注目を浴びてクラスの中で上位になってマウントを取るのが好きだったという。長い物には巻かれる性格で、相手を見て態度を変えており、ある生徒には媚びていたり、ある生徒には「パンを買ってこい」とパシリにしていたこともあった。中学卒業後は中学の同級生があまり進学しない大川市外の高校へ進学し、高校入学と同時に中学の同級生への連絡も途絶えた。Bは高校では素行が荒れてアルバイト禁止にも関わらず飲食店にてアルバイトをしていたが、高校の友人に知られて通告され、それを逆恨みしてその生徒をいじめた。20代になってからは突然地元でスナックのママを始めたが、2年・3年すると急にスナックを辞めて祖父母を残して夜逃げし、音信不通になった。その後にBは大分で結婚して子供を産んだが、借金を作って逃げてすぐに離婚した。Bの元実家周辺でBやBの家族に20万円~30万円を貸したが、返してもらっていないという証言が多数出ており、ある証言者からは300万円の借金が未返済という証言も出ている。2008年に公証役場で作成された証書には、Bが債務者となり、2006年5月~2007年6月に8回借り受けた金銭合計は340万5,000円と記されている。
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