2010年の死傷事故
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「ラブパレード」の記事における「2010年の死傷事故」の解説
2009年の中止を経て、2010年7月24日、デュースブルクの旧貨物駅用地でラブパレードが開催された。しかし現地時間17時頃、入場口とされていたトンネル出口にあるランプ(斜面)に滞留が発生して人があふれ、倒れる人も生じて群集事故が発生、圧迫によって21人が死亡、500人以上の負傷者を出した。すでに入場している客の混乱を防ぐため、イベントは現地時間23時頃まで続行された(予定では24時終了)。事故の発生を聞いて途中退場する客もいたものの、一斉に退場してさらなるパニックを呼ぶという事態は防げたといえる。 この年に初めて、27台のカメラを使ってYouTubeやustreamで世界中のファンに向けてライブストリーミングが行われた。しかし、事故発生が伝えられた現地時間18時前後(日本時間午前1時頃)にストリーミング中継は全て切断され、公式サイトには、"Our wish to arrange a happy togetherness was overshadowed by the tragic accidents today.(幸福な結束をもたらさんとする我々の願いは、今日の悲劇により絶たれた)"というコメントと、家族や友人の安否を確認するためにデュースブルク市が設置したホットラインの番号が掲載された。またtwitterでも、名前を出して「探してほしい」「助けてほしい」という投稿が多く見られた。西ドイツ放送が行っていたライブ中継番組はそのまま被害速報番組へと変わり、イベントTシャツを着たアナウンサーが神妙な顔で現地中継を行った。 2011年はザグレブでの開催を予定し、2012年以降の開催については未定であったが、この事故を受け、ラブパレードの永続的な中止が主催者から発表された。 同年7月31日にデュースブルク市で、犠牲になった21人の追悼式典が開かれた。アンゲラ・メルケル首相らが出席したが、事故の責任を問われながら引責辞任を拒否しているアドルフ・ザウアーラント(ドイツ語版)市長や、今回の主催者であり、今後のイベント中止を発表した主催者代表のライナー・シャラー(英語版)は欠席した。追悼式の様子は、デュースブルク市内の教会やサッカー場に設置された巨大スクリーンで放映されたほか、テレビでも生中継された。 なお、日本では明石花火大会歩道橋事故と同じく「将棋倒し」が事故原因だという報道もされたが、現地ではそのような報道はされていない。
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