2009年国連総会での演説
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「ムアンマル・アル=カッザーフィー」の記事における「2009年国連総会での演説」の解説
態度を軟化させたとはいえその特異な言動と舌鋒は衰えを見せず、2009年9月23日に初めて出席した国連総会では、ニューヨーク郊外のニュージャージー州に遊牧民族の伝統に則りテントを張り、そこを宿にした。 また一般演説の席上、国連安保理を「テロ理事会」と批判。国連安保理常任理事国にのみ与えられている拒否権を、国連憲章の前文で謳われている加盟国の平等に反するものと批判し、演壇から国連憲章を投げ捨ててみせ大国による体制を批判したほか、「ターリバーンが作りたかったのは宗教国家だったのだ。だったらバチカンのように作らせてやればいい。バチカンがわれわれ(ムスリム)にとって危険な存在だろうか」と発言。さらに「オバマがずっと執権していればいい。オバマはアフリカの息子であり私の息子でもある」、「ケネディ元大統領が暗殺されたのはイスラエルに査察団を送り込んだため。調査した方がいい」「豚インフルエンザ(2009年新型インフルエンザ)はワクチンを売るために人工的につくられたもの、ワクチンは無料で提供しなければならない」などと発言した。カッザーフィーの演説は規定の時間である15分を上回る、1時間36分の長時間にわたった。この演説に対してオバマ大統領、ヒラリー・クリントン国務長官などは、はじめから退席。イラン大統領のマフムード・アフマディーネジャードも途中で退席。矢継ぎ早に言葉が飛び出す長時間の演説に、国連のアラビア語の同時通訳士が疲れきり、途中で交代する場面も見られた。 なお、この際に国連憲章を投げ捨てた行為は、2年後に同じ国連総会の場で、自らの政権を打倒したリビア国民評議会のマフムード・ジブリール執行委員会委員長(暫定首相)によって批判されることになる。
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