1999年・A事件とは? わかりやすく解説

1999年・A事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/27 08:47 UTC 版)

お台場フィリピン人バラバラ殺人事件」の記事における「1999年・A事件」の解説

Nはかつて1999年平成11年4月22日ごろ、当時住んでいた神奈川県横浜市神奈川区栄町マンション飲食店従業員フィリピン人女性A(事件当時27歳埼玉県草加市在住)の首にかけ布団ヘリ両手強く押し当てて圧迫し、Aを窒息死させて殺害した。そして同月下旬 - 5月上旬ごろ、マンションでAの遺体解体し横浜市内の数か所に捨てた加害者N同年9月横領容疑草加警察署埼玉県警察)に逮捕されその後起訴されたが、行方不明になっていた被害者A交際していたことが判明したほか、Nが料金支払わず乗り続けていたレンタカーから細かく刻まれ人骨発見されたために追及され自宅に連れて行った際に死亡したので、遺体解体して捨てた」と自供した。そのため埼玉県警捜査一課草加署が被疑者Nの都内実家調べたところ、被害者Aの歯が発見されたため死体損壊・遺棄容疑再逮捕した。埼玉県警殺人との関連追及したが、Aの遺体発見されず、被疑者Sも殺害否認したことから女性Aの死経緯解明されなかったため、埼玉県警殺人容疑での立件断念した被告人Nは2000年4月14日浦和地方裁判所(現:さいたま地方裁判所)にて横領罪および死体損壊・遺棄罪懲役3年6月実刑判決を受け、2003年平成15年7月5日刑期満了迎えたその後警視庁B事件でNを逮捕してから「Nの周囲フィリピーナ女性2人死亡し遺体解体遺棄された」という共通項着目しA事件取り調べ被疑者Nから「被害者A遺体横浜運河捨てた」と自供を得ることに成功し同年6月自供基づいて横浜港運河捜索したところ、運河の底から遺棄10年程度経過した人の腕の骨が発見されたほか、周囲からも多数骨片発見された。結局人骨DNA型鑑定結果被害者Aとは別人判明し遺体発見には至らなかったが、警視庁は「(Nの)供述一貫している」などの理由から殺人容疑再逮捕した。

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