1967年から1971年の活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 07:36 UTC 版)
「ボブ・マーリー」の記事における「1967年から1971年の活動」の解説
1968年までに「Bend Down Low」「Mellow Mood」「Nice Time」「Hypocrites」「Stir It Up」「Selassie Is the Chapel」などが発表されている。このころボブは、髪形をドレッドからアフロに変えている。 1967年、ボブとバニー・ウェイラーが大麻不法所持で逮捕、投獄される。ボブは1ヶ月間、バニーは約12ヶ月間。1967年8月23日、リタがセデラ・マーリーを出産。ボブとリタは娘と共に1970年までセント・アンで暮らす。 1968年、ジョニー・ナッシュ、ダニー・シムズと契約する。ピーター・トッシュが「反ローデシア白人政権デモに参加」し逮捕される。1968年10月17日、リタがデヴィッド・マーリー(ジギー・マーリー)を出産。 1969年、レスリー・コングの下で10曲レコーディング。これは翌年にアルバム『The Best of The Wailers』として発表される。「Stop That Train」「Soul Captives」「Cheer Up」などが収録されている。なお、メンバーは「そのアルバムタイトルは偽りだ」「もしリリースされるような事があれば、お前は死ぬ事になるだろう」などと言いアルバムの発表に反対していた(実際、彼は1970年に心臓発作で亡くなっている)。同年春、家族と共にアメリカへ向かい秋まで再びデラウェア州で働く。この経験から「It's Alright」を作曲。1976年にはこの曲をアルバム用に作り直し「Night Shift」と改題している。 リー・ペリーとそのスタジオ・バンドのザ・アップセッターズに出会い、1969年の後半から1970年にかけて数々のセッションを行い、レコーディングした(「Duppy Conqueror」「Small Axe」「Corner Stone」「Soul Rebels」「Lively Up Yourself」「Kaya」「400Years」「Stand Alone」「Sun is Shining」など)。やがてザ・アップセッターズのメンバー、ベースのアストン・バレット(ファミリーマン)とドラマーのカールトン・バレット(カーリー・バレット)はザ・ウェイラーズのメンバーに加わり、バンドのサウンドに大きな変化をもたらした。 1970年の7月頃、アップセッター・レコードからボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ名義でアルバム『Soul Rebels』を発表。デラウェア州で稼いだ僅かな資金をもとに、キングストン市ホープロード56番地に自身のスタジオ、レーベルであるタフ・ゴングを設立。同年暮れにビヴァリーズ・レコードからアルバム『The Best of The Wailers』発表。 1971年の始め(もしくは1970年の終わり)、アップセッター・レコードからボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ名義でアルバム『Soul Revolution』を発表。同じ頃、ジョニー・ナッシュとダニー・シムズに映画のサウンド・トラック制作に誘われスウェーデンへ。 1971年春、ロンドンにてCBSで「Reggae On Broadway」などをレコーディング。夏にタフ・ゴング・レーベルから発表した「Trenchtown Rock」が大ヒット。暮れにはジョニー・ナッシュの英国ツアーに参加。CBSから「Reggae On Broadway」を発表、しかし不発に終わる。
※この「1967年から1971年の活動」の解説は、「ボブ・マーリー」の解説の一部です。
「1967年から1971年の活動」を含む「ボブ・マーリー」の記事については、「ボブ・マーリー」の概要を参照ください。
- 1967年から1971年の活動のページへのリンク