1890年(明治23年) - 1899年(明治32年)
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「日本の鉄道史」の記事における「1890年(明治23年) - 1899年(明治32年)」の解説
1892年(明治25年)6月21日 : 国鉄の整備予定路線を定めた、「鉄道敷設法」公布。 1892年(明治25年)12月13日 : 第一回鉄道会議が開かれる。 1893年(明治26年)4月1日 : 信越本線碓氷峠区間の横川駅 - 軽井沢駅間が開業。この区間は現在は廃止されているが、急勾配で有名な場所で、日本初となるアプト式とよばれる車両とレールの間を歯車でかみ合わせる方式によって坂を越えることにした。 1894年(明治27年)10月10日 : 山陽鉄道が、日本初の長距離急行列車を誕生させる。山陽鉄道は並行する瀬戸内海航路との間で競争を繰り広げており、そのためもあってか日本初となるさまざまなサービスを導入することになる。 1895年(明治28年)2月1日 : 日本初の電気鉄道として、京都電気鉄道開業(路面電車、後の京都市電)。電気を使用した鉄道は、全線電化の工事や給電設備の設置が必要になるため大規模な鉄道には向かず、私鉄や市電など小規模なところから導入がはじまった。国鉄の電化が本格的に進むのは遅く、1950年代に入ってからである。これには、変電所を破壊されると運行が不能になると主張して反対した軍部の意向もあったためだといわれる。 1897年(明治30年)8月11日 : 山陽鉄道が、日本初の入場券を制定して販売開始。国鉄でも、同年10月から主要駅で販売が開始された。 1899年(明治32年)5月25日 : 山陽鉄道により、日本初の食堂車が登場。国鉄で食堂車が連結されるようになったのは1901年(明治34年)12月1日である。
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