高千穂丸 (フェリー)とは? わかりやすく解説

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高千穂丸 (フェリー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/18 13:42 UTC 版)

高千穂丸
カヴァラ港に接岸中の「European Express」
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本(1974-1999)
パナマ(1999-)
所有者 日本カーフェリー
→シーコムフェリー
→マリンエキスプレス(1974-1999)
Access Ferries(1999-)
運用者 日本カーフェリー
→シーコムフェリー
→マリンエキスプレス(1974-1998)
建造所 日本鋼管清水造船所[1]
姉妹船 美々津丸[1]
航行区域 近海(非国際)[1]
IMO番号 7355272
改名 高千穂丸(1974-1999)
HO MARU(1999)
MILLENIUM EXPRESS(200-2007)
EUROPEAN EXPRESS(2007-)
経歴
起工 1973年
進水 1973年10月24日
竣工 1974年2月15日[2][3]
就航 1974年3月1日[3]
現況 ギリシャで就航中
要目
総トン数 9,536 トン[1]
載貨重量 2,597 トン[1]
全長 159.5m[1]
垂線間長 148.0m[1]
21.5 m[1]
深さ 13.6m(Dデッキ)
21.5m(Cデッキ)[1]
満載喫水 6.2 m[1]
機関方式 ディーゼル
主機関 三菱MAN V9V52/55 2基[1]
推進器 可変ピッチプロペラ 2軸[1]
最大出力 36,000馬力[1]
定格出力 30,600馬力[1]
最大速力 27.4ノット[1]
航海速力 25.6ノット[1]
旅客定員 1016名[1]
乗組員 82名[1]
車両搭載数 トラック84台・乗用車120台[1]
テンプレートを表示

高千穂丸(たかちほまる)は、日本カーフェリーが運航していたフェリー

概要

就航当初は日本最速のフェリーで、従来片道25時間を費やし3隻を配船していた川崎-細島間の京浜航路は本船と美々津丸の就航によりの導入により最速19時間30分に短縮し2隻での毎日運航とした[4]
本船と美々津丸の就航により、従来就航していたせんとぽーりあは広島 - 日向航路へ転配、はいびすかすは大阪 - 日向航路へ転配、ぶーげんびりあは予備船となった[3]

航路

京浜航路

美々津丸と本船の2隻で毎日運航した[4]。下り便は、川崎港18時発、日向港翌15時着(所要時間21時間)、上り便は、日向港19時発、川崎港翌15時着(所要時間20時間)で運航された。

大阪航路

神戸航路

設計

高性能かつ安全第一主義と乗客の快適性を高める魅力あるデザインを図り、船体は高速化・豪華化・居住性の向上を意識しつつ軽構造の船殻で軽量化を図った[1]

船内

インテリアは豊口克平を委員長に据えた委員会を組織し、現代感覚に沿って幅広い旅客にアピールすべく特に若い世代を主対象に明快で気楽なデザインかつ流行的・刺激的な物を避け一般的で品格の有る雰囲気を心がけ、昼は太陽光の広がりを考慮した格調高く明快でフレッシュな演出、夜は照明によるムードの演出を行った[1]

船室

船室タイプの一覧[1]
クラス 部屋数 定員
貴賓室 2名×2室 4名
特等室 2名×42室 84名
1等洋室 4名×38室 152名
1等和室 4名×6室、6名×2室 36名
ツーリスト 740名

設備

Aデッキ[1]
  • 貴賓室
  • 特等室
  • 一等洋室・和室
  • 特等・一等客用喫煙室
Bデッキ[1]
  • インフォメーション
  • 売店
  • 居酒屋(74席)
  • パブ・バー(39席)
  • レストラン(149席) - カフェテリア方式でカラーブラインド付きの窓を配しゴージャスな雰囲気を演出した。
  • シアター
  • ゲームコーナー
  • カードルーム
  • 幼児室
Cデッキ[1]
  • ツーリスト室
  • ロビー
  • 車両甲板(乗用車112台)
Dデッキ[1]
  • 車両甲板(20tトラック62台・8tトラック22台・乗用車8台)
Eデッキ[1]
  • 大浴場・サウナ - イタリア調のデザインで八角形の浴槽やモザイクタイルを施した。
  • プール - 10m×5mの温水プール。

事故・インシデント

浦賀水道での貨物船との衝突

1982年9月9日、19時5分ごろ川崎港から細島港へ向かって航行中だった本船は、第二海堡灯台の西北西約3,5kmの地点、浦賀水道航路北口の手前で貨物船サンワフォンテンと衝突した。本船の右舷中央部やや後方がサンワフォンテンの左舷船首に後方から約30度の角度で衝突した後、減速した本船の右舷中央部に、サンワフォンテンの左舷船首が再度衝突した。衝突により、本船は、右舷中央部の外板に軽微な凹損を伴う約20メートルの擦過傷を生じ、サンワフォンテンは左舷船首ブルワークが約17メートルにわたって曲損した[7]

事故発生当時、天候は曇で、風力4の南西の風が吹いており、日没後約1時間が経過していたが、視界は良好で船体を視認出来る明るさであった。事故原因は、浦賀水道航路北口の北方水域を航行する際、サンワフォンテンおよび別の小型タンカーに後方から急速に接近する本船が、早目に減速して安全な船間距離を保つことなく、サンワフォンテンおよび小型タンカーの間に進入し、両船に著しく接近したことで発生したが、サンワフォンテンが小型タンカーおよび急速に接近する本船を確認していたのに、本船の前路を押える態勢で大きく転針したことも一因とされた[7]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 日本鋼管株式会社清水造船所造船設計部「超高速大型長距離カーフェリー"高千穂丸"」の紹介 - 船の科学1974年4月号
  2. ^ 世界の艦船(1974年4月号,p102)
  3. ^ a b c 世界の艦船(1974年4月号,p144)
  4. ^ a b c 生内玲子「長距離フェリーの旅の楽しみ」 - 世界の海 海洋レジャーのすべて(朝日新聞社 1979年)150頁
  5. ^ 海上定期便ガイド96年版(内航ジャーナル)146頁
  6. ^ 海上定期便ガイド97年版(内航ジャーナル)68頁
  7. ^ a b 横浜地方海難審判庁 (27 March 1986). 昭和58年横審第21号 旅客船高千穂丸貨物船サンワフォンテン衝突事件 (PDF) (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. 2016年2月23日閲覧

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