賭博癖
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/24 09:42 UTC 版)
ジョセフィーンは、ポーカーをするのが大好きであったし、重い賭博癖がつき、ときどき多額の損をした。 彼らがサンディエゴで暮らしていた間、ワイアットは、カード・ゲームで勝ち取ったウマであるオットー・レックス(Otto Rex)を出走させた。そのウマはしばしば勝ち、ときどきワイアットは収入でジョセフィーンにいくらか宝石類を買ってやった。ジョセフィーンは、賭博癖を満足させるために、宝石類を百万長者ラッキー・ボールドウィン(Lucky Baldwin)に質入れしたものであった。ジョセフィーンは結局、実質上すべての宝石類をボールドウィンに売った。ジョセフィーンは競馬賭博に依存していて、彼女の賭け金は増えて、とうとうワイアットは彼女に最後通牒を出した。「あなたは賢い賭博師ではない。そしてあなたはそのように金を賭ける権利は無い。こうなったからにはわたしはこれ以上あなたの宝石類を質請けするつもりはない」("You're not a smart gambler.And you have no business risking money that way.Now after this I'm not going to redeem any more of your jewelry.")彼はまたボールドウィンに、ジョセフィーンに金を貸すのをやめてくれと言ったが、彼女はともかく賭博をし続けた。彼は、彼女の賭博癖に怒り狂っていたし、その間、彼女はかなりの金額を失った。 ワイアットは、1896年12月2日のボクシング試合ボブ・フィッシモンズ対トム・シャーキー(Tom Sharkey)に言及し、結果について八百長をしたとして訴えられた。彼は、フィッツシモンズに、だれも見なかったファウルを宣告したし、ワイアットは賄賂を受け取ったと広く非難された。サンフランシスコ市長ワシントン・バートレット(Washington Bartlett)によって任命された委員会によるボクシング試合の捜査の間、彼らは、ジョセフィーン・アープは「堕落した競馬狂」("degenerate horseplayer")である、彼女はしばしば宝石類を担保に融資を受ける、と知った。『San Francisco Examiner』は、彼をあざ笑う誇張した細部でアープの人生を記す一連の記事を3日間、載せた。自分につきまとうボクシング試合をめぐる論争を避けたくて、アープは、サンフランシスコの競走馬を経営することを諦め、1896年12月20日に彼とジョシーはアリゾナ州ユマに向けて発った。 1920年代に、ワイアットはジョシーに、カリフォルニア州カーン郡のオイル・リースの請求権の、署名入りの法的文書と出願料を与えた。彼女は、出願料を賭博で失い、リースに降りかかったことについてワイアットに嘘をつき、のちにそれは高価なことが判った。彼女の家計管理能力を疑って、ワイアットは、彼女の姉妹ヘンリエッタ・レンハート(Henrietta Lenhardt)と取り決めを結んだ。ワイアットは、彼の死後売上金はジョシーの利益になるという取り決めとともにヘンリエッタの名義で所有したオイル・リースを置いた。ヘンリエッタの3子は、母親の死後、取り決めを無効にし、ロイヤリティーをジョセフィーンに渡さなかった:259。
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