茶室・忘筌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 15:07 UTC 版)
重要文化財。方丈(本堂)の北西に接する。九畳(手前座一畳を含む)と三畳の相伴席(しょうばんせき)からなる十二畳の広間の茶席で、手前座に続けて一間幅の床(とこ)を設ける。炉は四畳半切とするが、古図では台目切になっている。面取角柱、長押、張付壁など、書院造を基本とするが、床脇の手前座左の壁は腰に明かり障子を嵌め込み、草庵風の意匠も取り入れている。天井は板の木目が浮き出た「砂摺り天井」と称するものである。松平不昧による再建とは言え、焼失前の古図から忠実に再現された小堀遠州好みの茶室である。 忘筌(ぼうせん)とは荘子の「魚ヲ得テ筌ヲ忘ル」という句からとったものといわれる。「筌」とは魚をとるための道具で、前述の句は「目的を達すれば道具の存在を忘れる」という意味であり、禅の悟りの境地と結び付けられている。 庭園に面した西側には広縁と落縁があり、幅2間の中敷居を設け、上半を明かり障子、下半を吹き放しとしにじりに代わる席入りの口としている。あたかも舟屋の入り口のようなこの吹き放しは「舟入の構成」とも称され、露地を眺める際の額縁のような役割も果たしている。基本を書院の茶室に置きながら草庵茶室の根本であるにじり口からの席入りの法を見事に取り入れた遠州の手腕は高く評価されなければならない。下部の吹き放しからは「露結(ろけつ)」と刻まれた蹲(つくばい)が見える。「露結」とは「露結耳」の略ですなわち兎を意味し、先の忘筌の対句としての「兎を捕えてワナを忘る」を由来としている。。
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