罹災後とは? わかりやすく解説

罹災後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 13:41 UTC 版)

燭台切光忠」の記事における「罹災後」の解説

燭台切光忠は罹災後90年余り焼失した思われていた。しかし2015年ゲーム刀剣乱舞』が配信され燭台切光忠モデルとしたキャラクター登場すると「燭台切光忠はあるか」という問い合わせ徳川ミュージアム殺到したため、『罹災美術品目録』の情報照らし合わせて捜索したところ徳川ミュージアム(旧・彰考館徳川博物館倉庫内で焼刀のまま保管されていたことが判明し2015年4月30日ミュージアム公式ブログ現存公表した同年5月17日の「2015国際博物館の日記念ミュージアムトーク」に合わせ1日限定燭台切光忠展示した当初1回40人で全2回開催予定だったが、全国から300件近い応募があったため、急遽5回に増やされた。その後一般展示決定し2015年7月11日から9月23日まで展示され通常時の5倍の来場者得た羽田空港ディスカバリーミュージアムでは前期2015年10月10日11月10日後期11月12日 - 12月13日日程展示され、約4万人来場した。徳川ミュージアムでは常設展水戸徳川家名宝展」(2016年1月5日 - 2016年3月30日)で展示された。 罹災刀の保護求める人からの寄付金300万円となり、罹災した燭台切光忠児手柏水戸家第一宝刀)の写し造るプロジェクト2016年2月から始められた。美術鑑賞用の刀剣でなかった罹災刀剣ゆえに批判する刀剣研究家もあったが、宮入法廣(児手柏月山貞利の手で再刀される。その後2017年12月間もなく完成する旨と翌2018年1月より公開展示される旨が徳川ミュージアムにより発表2018年1月20日より焼身である本歌宮入による写し並べて公開展示された。

※この「罹災後」の解説は、「燭台切光忠」の解説の一部です。
「罹災後」を含む「燭台切光忠」の記事については、「燭台切光忠」の概要を参照ください。

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