経済調査会とは? わかりやすく解説

経済調査会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/30 07:13 UTC 版)

一般財団法人 経済調査会(いっぱんざいだんほうじんけいざいちょうさかい)とは、資材価格、工事費、関連指標など建設経済分野の実態調査を行うほか、その情報を定期刊行物や講習会等を通じて提供するなどの事業を展開する価格調査機関。日本経済の調査研究、物価・工事費等の調査を行い、適正な成果や公正な情報を広く一般に提供している。[1]

本部は、東京都港区新橋6-17-15 菱進御成門ビル。

概説

経済調査会とは元々は当時の経済安定本部(現:内閣府)を主務官庁とする物価賃金などを調査していた団体で、公益性の高い経済調査や研究を行っていた。

もとは1946年(昭和21年)9月に本多英三郎が東京一ツ木町に東京経済調査会を設立し、混乱する世相の中で諸物価の実態をとりまとめた当時の日本で唯一の価格情報誌である『経済調査報告書・ 物価版』(週刊、その後「経済調査報告書・労働経済版」)を刊行したのが会の始まり。その後東京経済調査会の事業活動は連合国軍最高司令官総司令部の認めるところとなって、1946(昭和26)年6月に経済安定本部を主務官庁とする財団法人に改組された。そして翌年1月には会の価格資料が会計検査院の検査参考資料に採用されるなど、社会的な評価をうける。[1]

1954(昭和29)年2月には、現在も発行する『積算資料』(月刊)を刊行、財団事業の基礎が築かれた。[2]その後の1985(昭和60)年8月に経済企画庁ならびに建設省(現国土交通省)の共管の公益法人として認可され、長く公益事業の実施を通じて社会貢献に努めている。[3]2012(平成24)年6月には、公益法人改革に対応して一般財団法人として新たなスタートを切って各種事業内容を刷新しながら現在に至る。

会は建設市場に関わる積算および資材調達のための価格の実態調査を核とした公正な調査研究およびこれに基づく情報開発事業、出版事業等を通じた情報提供機関として一定の社会的な評価がある。[1]

1999年には、価格調査機関としては初めてISO9001の認証を取得。2012年6月1日には公益法人制度改革に伴い、一般財団法人に移行。

出版物等

定期刊行物として「積算資料」「土木施工単価」「建築施工単価」等。住宅情報事業部では住宅やマンションを対象にした「ポケット版シリーズ」[4]を発行している。この他に積算で使用する歩掛を掲載した書籍類を多く刊行している。

沿革

[1]参照。

参考文献

  • 中村隆英(1985)「経済調査会」国史大辞典編集委員会編『国史大辞典 第 5 巻』吉川弘文館, p.23
  • 芦田義則 (著), 福田昌史 (監修)(2015)『基礎からわかる公共土木工事積算』 建設物価調査会
  • 平塚正(1984)建築積算の歴史 『公共建築』 (Public Buildings) 巻:26号: 7-10
  • (社)日本建築積算協会(1991)『積算とロマン』

脚注

  1. ^ a b c 日本建築積算協会(1991)芦田, 福田(2015)平塚(1984)
  2. ^ 平塚(1984)
  3. ^ 日本建築積算協会(1991)芦田, 福田(2015)
  4. ^ 一例として、株式会社フロントロー(日本語) 『積算ポケット手帳 外構編2013』建築資料研究社、2013年1月30日https://books.google.co.jp/books?id=fekmDwAAQBAJ&pg=PA540&dq=%E7%A9%8D%E7%AE%97%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E6%89%8B%E5%B8%B3&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwi98cLTpvzkAhVCFqYKHe2kAIYQ6AEIKTAA  建築資料研究社(日本語) 『積算ポケット手帳 建築編2013前期』建築資料研究社、2012年11月20日https://books.google.co.jp/books?id=Z-smDwAAQBAJ&pg=PA749&dq=%E7%A9%8D%E7%AE%97%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E6%89%8B%E5%B8%B3&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwi98cLTpvzkAhVCFqYKHe2kAIYQ6AEILzAB 

関連項目

外部リンク


経済調査会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/02 04:03 UTC 版)

満鉄調査部」の記事における「経済調査会」の解説

1932年満州国成立にともない満鉄関東軍から満州国の経済政策立案要請されるようになった。この受け皿として作られたのが経済調査会(経調)であり、経調は十河信二委員長満鉄理事)のもと、宮崎正義中心に佐々木義武らも加わり単なる調査機関とどまらず政策立案機関として「関東軍の手足」となり活動することとなった(経調メンバーは、のちの企画院への出向含めその後戦後日本高度経済成長期多大な影響与えた)。この経調で活躍したのが後に満鉄事件連座する大上末広などの新人社員であり、彼らは1933年から『満州経済年報』の編集関与して合作社政策による農村救済や「満州産業開発永年計画」を主張し、経調派もしくは年報派と称されるグループ形成した満州国政策立案一段落すると、経調は日本軍による分離工作進行していた華北地域調査活動次第重心を移すようになり、1936年には産業部に改編、ついで調査部改称された。

※この「経済調査会」の解説は、「満鉄調査部」の解説の一部です。
「経済調査会」を含む「満鉄調査部」の記事については、「満鉄調査部」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「経済調査会」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「経済調査会」の関連用語

経済調査会のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



経済調査会のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの経済調査会 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの満鉄調査部 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS