第2の哨戒 1942年3月 - 4月とは? わかりやすく解説

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第2の哨戒 1942年3月 - 4月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/30 16:09 UTC 版)

シードラゴン (潜水艦)」の記事における「第2の哨戒 1942年3月 - 4月」の解説

3月18日シードラゴン2回目の哨戒コレヒドール島向かった途中コレヒドール島向けの燃料食糧積み込むためセブ寄港魚雷10本と3インチ砲弾250発、30トン食糧積み込みセブ離れたシードラゴンは、4月8日2053分にコレヒドール島到着出迎えた救難艦ピジョン横付けし7トン食糧降ろし代わりに日本語専門家である、「オネスト・ジョン」とあだ名されたルーファス・テイラー以下の解析班のメンバー23名を乗せた作業終了後シードラゴン2129分に離岸し、通常の哨戒活動戻ったシードラゴンスービック湾口で哨戒4月11日シードラゴン複数目標発見し17時20分に、その中にいた1隻の駆逐艦に対して3本魚雷発射。しかし、最初に発射した魚雷29秒後に早期爆発起こし、これを見た別の駆逐艦魚雷避けた後、爆雷攻撃行ってきた。シードラゴン水深61メートル攻撃が終わるのを待った爆雷近くないところで爆発したものの、駆逐艦シードラゴン潜航所を予想して待機していた。シードラゴンは音静かにこの海域去った4月12日針路を南に向け、4月20日ロンボク海峡通過した4月26日シードラゴン39日間行動終えてフリーマントル帰投した。

※この「第2の哨戒 1942年3月 - 4月」の解説は、「シードラゴン (潜水艦)」の解説の一部です。
「第2の哨戒 1942年3月 - 4月」を含む「シードラゴン (潜水艦)」の記事については、「シードラゴン (潜水艦)」の概要を参照ください。

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