福岡県警による一斉検挙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/21 01:13 UTC 版)
「夜桜銀次事件」の記事における「福岡県警による一斉検挙」の解説
山口組の動きを察知した福岡県警は、8日早朝にも258人の警官を動員して博多駅前で検問体制を敷いて、山口組組員を待ち構えた。山本健一は小倉駅で県警の検問を知り、持参した武器を一部の組員に全部持たせて博多駅の1駅前で下車させる。同日午前7時に博多駅で下車した山口組組員は県警の検問を通過、その後数組ごとに分かれて、福岡市柳町の「河合旅館」や「松屋旅館」などに宿泊。山本健一は「松屋旅館」に入って伊豆組幹部たちと作戦を練り、同日午後10時に宮本組と大島一家を襲撃することを決めた。 だが同じ日の午後に福岡市東中洲で、伊豆組・石井組の応援に来ていた山口組中西会会員・上田実が銃刀法違反と拳銃不法所持で逮捕される。福岡県警本部長・水野唯一郎は、凶器準備集合罪を適用して山口組組員を逮捕することを決定。午後6時30分に福岡市中洲一帯が停電し、その間隙をついて武装警官600人を山口組組員の宿泊する旅館と伊豆組事務所に出動させた。午後8時ごろに武装警官の一隊が山口組の宿泊していた旅館に踏み込み、凶器準備集合罪で、山本健一・伊豆ら山口組組員を逮捕した。この時竹中正久だけは、乗り込んできた警官に対し逮捕状の提示を要求。竹中組に割り当てられていた部屋への進入を拒否し、福岡県警本部刑事課長との押し問答の果て、9日の午前1時に竹中正久・竹中武ら竹中組組員10人を逮捕している。8日・9日の両日で、県警は山口組組員86人を逮捕し、短銃11丁・実弾82発、短刀5本、8連発ライフル銃6丁、15連発カービン銃2丁・実弾200発、日本刀8本、脇差3本を押収。最終的な山口組の検挙者数は105人に上った。石井は県警を振り切って逃亡したために、指名手配された(17日に宮崎県延岡市で逮捕)。翌10日に山口組は、検挙された山口組組員1人ずつにシャツ2枚と5000円を差し入れしている。 検挙された組員は、11日になって筑紫野町・前原町・久留米市などへ分散留置。竹中正久は容疑を否認したものの、県警から「竹中組から責任者を出せば、他の竹中組組員を釈放する。応じなければ、竹中組10人全員を起訴する」と言われ、3月3日午後5時に竹中組の凶器準備集合罪の責任を1人で取り福岡拘置所に勾留された。このとき竹中は取り調べの検事を恫喝し独居房に入れられている。 山口組と宮本組・大島組・住吉一家・大野組の手打ち式は、3月15日に福岡県北九州市小倉延命寺の旅館「潮風園」で行われた。山口組側からは、山口組舎弟頭・松本一美と菅谷組・菅谷政雄組長が出席した。仲裁人は西宮市の竹田組・竹田辰一組長であった。 平尾の殺害については、後日博多警察署によって小川と平元が逮捕され、その自供から鳥巣兄弟・松岡も逮捕されるに至っている。
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