田中建三郎とは? わかりやすく解説

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田中建三郎 たなか けんざぶろう

田中建三郎の肖像 その1

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田中建三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/14 00:24 UTC 版)

田中 建三郎(たなか けんざぶろう、弘化2年6月12日1845年7月16日〉 - 明治41年〈1908年1月28日)は、幕末武士広島藩士)、明治期の官僚本姓藤原氏は正範。位階および勲等従四位勲三等

生涯

広島藩士田中善平政辰の五男として広島にて生まれる。兄に維新の志士の田中軍太郎(正雄)と、元老院議官などを務めた渡正元がいる。

1868年、鉱山司に出仕する。1874年外務省に移り、イタリアローマ公使館に勤務。その後、宮内省式部官帝室制度取調掛、閑院宮北白川宮の家令、内大臣秘書官侍従職などを歴任した[1][2]

明治41年1月28日卒去享年63。同年7月神道式の葬儀により青山霊園に葬られた。兄の渡正元の墓所も近くに存在する。

系譜

住所:東京市麹町区平河町6-20

脚注

  1. ^ 国立国会図書館 近代日本人の肖像
  2. ^ コトバンク 田中建三郎
  3. ^ 得能良介君伝」国立国会図書館デジタルコレクション
  4. ^ a b c d e 人事興信録 初版(明36.4刊)」国立国会図書館デジタルコレクション
  5. ^ 人事興信録 5版」国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ [https://www.aero.or.jp/culture/aviationand-culture/20090215-7947/ 逓信省航空局 航空機乗員養成所物語 (26) – 民間航空の再開 日本航空協会]
  7. ^ 昭和館デジタルアーカイブ 時事写真速報第2404号(4) 空にあこがれ二等飛行士に
  8. ^ 人事興信録 第2版」国立国会図書館デジタルコレクション


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