特異的化合物による遺伝子発現誘導系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 16:18 UTC 版)
「遺伝子組み換え作物」の記事における「特異的化合物による遺伝子発現誘導系」の解説
外部から与えた化合物によって遺伝子発現を誘導するために開発された。遺伝子発現を制御にはトランス転写因子とシスエレメントが関与している。トランス転写因子はドメイン(domain)構造をとっており、それらはシスエレメントである特定のDNA配列を認識して結合するDNA結合領域や、転写活性化に関与するトランス活性化領域や、シグナルを検知して転写活性化能を制御するシグナル検知領域などに分けることができる。これらのドメインを別のトランス転写因子のドメインと交換することにより、別のDNA配列と結合させたり、別のシグナルによって転写活性を制御できたりする場合がある。そこで、外部から与える化合物をシグナルとする人工のトランス転写因子とシスエレメントの系が開発された。 人工のトランス転写因子に求められる条件として、 人工のトランス転写因子の活性を制御するシグナルとなるインデューサーやアクチベーターとして特異的化合物が必要であり、それらは植物の生活環の中で合成されず、更に接する可能性の低い化合物であること。 人工の転写因子が結合して転写を制御する、プロモーターのシスエレメントとなるDNA配列が植物に存在しないもの。植物が元々用いているようなシスエレメントを利用すると、植物に予定外の影響を及ぼす可能性が高くなる。そこで、進化的に離れたバクテリアなどのシスエレメントを利用すると、植物自身が本来持っているトランス転写因子とバクテリア由来のシスエレメントとが相互作用する可能性は低くなる。 が挙げられる。上記の条件を満たすために、バクテリア由来のシスエレメントと結合するDNA結合領域のアミノ酸配列、特異的化合物と結合して転写因子の活性を制御するシグナル検知領域のアミノ酸配列、及び、トランス転写活性化領域のアミノ酸配列との三つの領域を融合した人工のキメラ・トランス転写因子が合成されている。現在では、テトラサイクリンやエストラジオールや糖質コルチコイドなどによる遺伝子発現誘導系が開発されている。 テトラサイクリン誘導系:大腸菌のトランスポゾンTn10に存在するテトラサイクリン耐性オペロン(tetオペロン)の発現は、リプレッサーであるTetR(アミノ酸配列)とオペレーターであるtetO (5'-TCCCTATCAGTGATAGAGAA-3')によって負に制御されている。テトラサイクリン非存在下ではTetRは活性型でtetOに結合して転写を阻害しているが、テトラサイクリン存在下では不活性型となりtetOから解離する。つまり、テトラサイクリンがtetオペロンのインデューサーである。そこで植物中で構成的に発現する遺伝子のプロモーターの下流にTetRの遺伝子tetRを結合したものと、それとは別の別のプロモーターの下流にtetOを複数個連結するとともに更にその下流に発現を誘導したい遺伝子を結合したものを組み合わせたものから構築されている。tetOを複数個連結している理由はTetRの結合効率を高めて、テトラサイクリン非存在下での遺伝子発現抑制効果を高めるためである。テトラサイクリンをインデューサーとして投与することによってtetO下流の遺伝子は誘導される。なお、インデューサーとしてはテトラサイクリンよりもドキシサイクリンの方が誘導性が高い。なお、この系はキメラ・トランス転写因子を用いたアクチベーター型のものではなく、リプレッサー型である。 エストラジオール誘導系:DNA結合領域として大腸菌のSOSレギュロン(regulon)のリプレッサーであるLexA(アミノ酸配列)の第1-87アミノ酸残基配列、単純ヘルペスウイルス(HSV: Herpes Simplex Virus)由来のVP16(アミノ酸配列)のトランス転写活性領域(第403-479アミノ酸残基配列)、ヒト・エストロゲン受容体のシグナル検知領域(第282-595アミノ酸残基配列)を融合して作られた合成転写活性化因子XVE(アミノ酸配列)と、本来はLexAが結合するオペレーターであるSOS box (5'-TACTGTATATATATACAGTA-3')をXVEが結合するシスエレメントとし、CaMV 35S最小プロモーターのTATAボックス(TATA box)の上流にSOS boxを複数個配した転写誘導系である。CaMV 35S最小プロモーターにはエストラジオールが存在しないとほとんど転写活性がない。しかし、XVEとエストラジオールが結合するとXVEはSOS boxと結合して下流のCaMV 35S最小プロモーターの転写活性を強力に誘導する。つまり、正の制御系である。 デキサメタゾン誘導系:DNA結合領域およびシグナル検知領域としてTetR(1-208アミノ酸残基)と、別のシグナル検知領域としてラットの糖質コルチコイド受容体(GR: glucocorticoid receptor)のホルモン結合領域(512-794アミノ酸残基)と、HSVのVP16のトランス転写活性化領域(363-490アミノ酸残基)の融合蛋白質TGVとtetOを利用して、デキサメタゾンで誘導、テトラサイクリンで抑制する系である。TetRが結合するオペレーターであるtetOをTGVが結合するシスエレメントとし、CaMV 35S最小プロモーターのTATAボックスの上流にtetOを複数個配してある。テトラサイクリンもデキサメタゾンも非存在下ではCaMV 35S最小プロモーターの転写活性はほとんどない。テトラサイクリン非存在でかつデキサメタゾン存在下ではTGVにデキサメタゾンが結合したものがtetOに結合して、転写が強力に誘導される。そこにテトラサイクリンが添加されるとTGV-デキサメタゾン-テトラサイクリン複合体となってtetOから遊離するため転写が抑制される。 上記の化学物質による遺伝子発現制御系を用いて、配列特異的組換え酵素の生産を制御してin vivoで形質を改変する技術(遺伝子利用制限技術)が開発された。その配列特異的組換え酵素とその標的配列としてCreとloxP、酵母の2-μm DNAや醤油酵母のpSR1の組換え酵素とそれらの標的配列、他が用いられている。その応用例を挙げる。
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