焼戻し温度と保持時間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/21 21:32 UTC 版)
焼戻し温度によって得られる組織が変わるのは上記で説明した通りだが、焼戻し温度に加えて、その温度での保持時間も焼戻しの組織に影響する。焼戻しに伴う炭化物の析出やε炭化物からセメンタイトへの移行も、保持時間の延長と共に必要な焼戻し温度は低くなっていく。また、焼戻し温度の最高温度としては、原則として730℃のA1変態点温度が限界である。一般には650℃以下の温度が用いられる。以下、焼戻し温度と保持時間を決定する手法例を説明する。 焼戻し温度と保持時間が焼戻し後の硬さに及ぼす影響を統一して表す指標として、1945年に、ホロモン(J.H.Hollomon)とジャッフェ(L.D.Jaffe)により焼戻しパラメータと呼ばれる指標が考案された。英語では、考案者の名前に因みホロモン・ジャッフェ・パラメータ(Hollomon-Jaffe parameter)とも呼ぶ。焼戻しパラメータをPとしたとき次式で表される。 P = T ( C + log t ) {\displaystyle P=T(C+\log t)} ここで、Tは焼戻し温度で単位は絶対温度、tは焼戻し時間で単位は秒あるいは時間 (単位)である。Cは材料定数である。ラーソン・ミラー・パラメータと同形式だが、こちらはクリープ変形における温度と時間の影響を統一して表す指標である。 焼戻し温度と保持時間の組み合わせが異なる実験結果を、縦軸に焼戻し後の硬さ、横軸に焼戻しパラメータで整理すると、同じ材料であれば1つの曲線上に乗る。このような曲線を焼戻し母曲線と呼ぶ。すなわち、焼き戻し母曲線を作成すれば、設定しようとする焼戻し温度と保持時間から得られる硬さを予測できる。 上式は、焼戻しの進行が熱活性過程に従うとして、以下のように求まる。熱活性過程に従う場合、その材料の拡散速度vは、 v = A e − Q / R T {\displaystyle v=Ae^{-Q/RT}} で書き下せる。ここで、Aは定数、eはネイピア数、Qは焼戻し過程の活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度である。ある硬さHに達するまでの時間tは速度vに反比例すると考えられるので、 1 t = B v = B A e − Q / R T {\displaystyle {\frac {1}{t}}=Bv=BAe^{-Q/RT}} と表せる。ここでBは新たな定数である。上式の常用対数を取ると、 − log t = log ( B A ) − 0.4342 Q R T {\displaystyle -\log t=\log(BA)-0.4342{\frac {Q}{RT}}} となる。ここで0.4342は自然対数から常用対数への換算係数である。さらに変形すると以下の形式で書き下せる。 0.4342 Q R = T ( log ( B A ) + log t ) {\displaystyle {\frac {0.4342Q}{R}}=T(\log(BA)+\log t)} ホロモンらの実験によると、活性化エネルギQと得られる硬さHの値は一対一で対応する。よって、上式左辺は係数が掛かっているが焼戻しパラメータPと同等である。ここで、 P = 0.4342 Q R {\displaystyle P={\frac {0.4342Q}{R}}} C = log ( B A ) {\displaystyle C=\log(BA)} と置けば最初の焼戻しパラメータの式が得られる。 材料定数Cは、マルテンサイト中の炭素含有量C%の変数として以下のような推定式がある。 tが秒単位のとき C = 17.7 − 5.8 C % {\displaystyle C=17.7-5.8C\%} tが時間単位のとき C = 21.3 − 5.8 C % {\displaystyle C=21.3-5.8C\%} あるいは、同じ焼戻し硬さが得られる2組のT、tを実験などから得ることができれば、それぞれの組み合わせをT1、t1とT2、t2として、以下のようにCの値に得られる。 C = T 2 log t 2 − T 1 log t 1 T 1 − T 2 {\displaystyle C={\frac {T_{2}\log t_{2}-T_{1}\log t_{1}}{T_{1}-T_{2}}}} 以上のように理論的には焼戻しパラメータによって得たい機械的性質に対する任意の温度と時間を選べる。ただし実際には、保持時間は1 - 2時間を目安として、得たい機械的性質によって焼戻し温度を選択する場合が一般的である。
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