永世中立と国際関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 14:03 UTC 版)
永世中立はあくまで戦時における中立を定めたものであり、平時における国家間条約による経済協定や、国連機関の設置、国連組織への参加は認められている。 1920年に発足した国際連盟は、違反者への軍事制裁を行うことができる国家間連合であり、いわゆる伝統的中立に抵触する可能性があった。このため国際連盟はスイスは長年の永世中立を保った実績をもっているため、国際連盟の軍事制裁に参加しないことを許された特例的な中立国とするロンドン宣言を採用した。これにより、スイスは国際連盟に加盟している。しかし、第二次エチオピア戦争の際に国際連盟がイタリア王国に対する経済制裁を議決した際、スイスは加盟国であり、経済制裁への参加は義務付けられていたにもかかわらず、伝統的中立政策に回帰して経済制裁を行わなかったという事例もある。スイスは国際連盟下での中立は困難であるとしており、伝統的中立への回帰を図り、1938年には国際連盟に承認された。 このためスイスは1945年の国際連合発足に当たっては、中立義務の遂行と国連加盟が両立しないとして加盟しなかった。一方オーストリアは1955年に国連加盟を行ったが、その際にオーストリアの永世中立を問題にした国は存在せず、中立義務を守ることが可能であるという見解がとられていた。一方でオーストリアとスイスが欧州共同体に参加することは、中立義務違反であるとしてソビエト連邦など東側諸国から反対されていた。しかし欧州共同体および後継の欧州連合との関係は強く、スイスは1972年に欧州共同体と自由貿易協定を結んで以来、シェンゲン協定など120以上の協定を締結している。冷戦中のスイスについて、チューリヒ大学のステファニー・ヴァルターは「スイスは暗黙のうちに西側に与していた。人権に関しても一定の態度表明をしている」と評している。
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