根粒菌とは? わかりやすく解説

こんりゅう‐きん〔コンリフ‐〕【根粒菌】

読み方:こんりゅうきん

エンドウ・ソラマメなどのマメ科植物の根に共生し根粒をつくる土壌細菌空気中の窒素固定しアミノ酸亜硝酸植物供給する一方植物光合成生産した炭水化物得ている。リゾビウム根粒バクテリア根粒細菌


根粒菌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/20 03:09 UTC 版)

1. ダイズ根粒中の根粒菌(バクテロイド、濃色部)はペリバクテロイド膜で包まれている(透過型電子顕微鏡像)。

根粒菌(こんりゅうきん、: rhizobia[注 1])はマメ科植物に共生し、根粒を形成する細菌である。根粒菌はニトロゲナーゼによって窒素分子を固定してアンモニアを生成、これを植物に供給し、植物からは光合成産物を受け取る共生関係を結んでいる。

プロテオバクテリア門に属するグラム陰性菌であるが、系統的には多様であり、リゾビウム属ブラディリゾビウム属シノリゾビウム属メソリゾビウム属など多数の属に分けられている。

植物との共生

根粒内での根粒菌

根粒菌は土壌中で自由生活することも可能であるが、マメ科植物の根に侵入して根粒とよばれるコブ状の構造を形成し(下図2a, b)、その中で共生して生きることもできる[2][3][4][5][6]。宿主となる植物はほとんどマメ科の植物であるが、バラ目アサ科Trema andersonii(= Parasponia andersonii)はマメ科以外では唯一根粒菌と共生して根粒を形成することが知られている[7][5][8]。根粒内で根粒菌は細胞分裂を停止して肥大化し、バクテロイド(bacteroid)とよばれる状態になる[3][5][6](上図1、下図2c)。バクテロイドはペリバクテロイド膜(peribacteroid membrane, PBM)とよばれる膜に包まれ、合わせてシンビオソーム(symbiosome)とよばれる細胞内小器官状の構造となる[6](上図1)。

2b. ゲンゲの根粒
2c. 根粒切片の光学顕微鏡像: A = 根粒菌を含む感染細胞, B = 維管束, C = 皮層, D = 厚壁組織, E = 表皮、スケールバー = 0.525 mm
2d. 寒天培地上の根粒菌(Rhizobium tropici

根粒中で、根粒菌はニトロゲナーゼ(ニトロゲナーゼ酵素複合体[6])により窒素分子をアンモニアに固定し、これを植物細胞に供給する。窒素固定には大量のエネルギー(ATP)を必要とするが、酸素はニトロゲナーゼを失活させる[3]。根粒菌は植物から供給された有機酸を基質として細胞膜上で酸素呼吸を行いATPを生成するが、その酸素は植物が生成した酸素結合タンパク質であるレグヘモグロビンによって供給される[3]。レグヘモグロビンや根粒菌の呼吸鎖シトクロムオキシダーゼは酸素親和性が極めて高いため、低酸素濃度が維持され、根粒菌細胞内のニトロゲナーゼ活性が維持される[3]

根粒形成

3. Nod因子の基本構造: 赤字部分に多様性がある。

土壌中で自由生活している根粒菌は、宿主植物の根が分泌した特定のフラボノイドベタレインに対する走化性根毛に誘引される[5][6]。またこれらの物質は根粒菌のNodDタンパク質を活性化し、他のnod遺伝子の転写を誘導、Nod因子(ノッド因子、Nod factor)を生成する[6]。Nod因子はリポキチンオリゴ糖からなるシグナル分子であり、根粒菌の種によって少しずつ異なる構造をもつ[6](図3)。Nod因子はキチン(1,4)-β結合のN-アセチル-D-グルコサミン(3糖から6糖)の骨格をもち、非還元末端の糖残基のC2位に脂肪酸鎖をもつ[6]

宿主植物は受容体によって特定のNod因子を認識し、カルシウムイオン濃度の振動が生じ、植物側の根粒形成遺伝子が発現する[6][9]。この経路はアーバスキュラー菌根形成の初期過程と共通する点があり、共生経路とよばれる[6]。植物側の反応として最初に細胞骨格の変性によって根毛がカーリングして根粒菌を巻き込み、根毛の一部で細胞壁が分解して根粒菌が侵入できるようになる[6][10][11]。それに続いて根毛中を通って内側に伸びる管状構造である感染糸(infection thread)が形成され、これを通って根粒菌が根毛細胞中に侵入する[6]。より内側の植物の皮層細胞にも感染糸が形成され、維管束付近の根粒原基に達する。根粒原基では局所的にオーキシンの極性輸送が抑制されて細胞の脱分化、細胞分裂が起こる[12]。根粒原基に侵入した根粒菌は根粒原基内の植物細胞に取り込まれ、根粒原基が発達して成熟根粒となる[13]

宿主特異性

宿主植物と根粒菌の関係は、一部の例外をのぞいて厳密な宿主特異性に支配されている。たとえば、Mesorhizobium lotiミヤコグサに、Bradyrhizobium japonicumダイズに根粒を形成し、これらが入れ替わることはない。こうした宿主特異性の認識は、植物根から分泌されるフラボノイドなどの化学物質を認識して根粒菌がNod因子を合成・分泌する段階と、そのNod因子を植物が認識・受容して根粒形成と感染のプロセスを開始する段階の、少なくとも2段階あると考えられている[5][14]

分類

根粒菌は系統的にひとまとまりの生物群ではない。いずれもプロテオバクテリア門に属し、その中でもアルファプロテオバクテリア綱に分類されるものが多いが、一部はベータプロテオバクテリア綱に分類される(下表)。これら2つのの根粒菌は、α-根粒菌(α-rhizobia)、β-根粒菌(β-rhizobia)とよばれることがある[7][15]。根粒形成に関わる遺伝子群の水平伝播によって、系統的に遠縁な細菌が根粒菌となったと考えられている[7]

根粒菌の分類[16]

人間との関わり

農業上の利用

マメ科植物の根粒において、根粒菌は窒素を固定して植物が利用可能な窒素化合物とする。これを利用し、クローバー(シロツメクサ)などのマメ科植物を耕作地で栽培して地力を回復することは古くから様々な地域で行われていた[17]

1960年代の緑の革命により作物生産量は飛躍的に増加した。この作物生産量の増加に大きな役割を果たしたのが、化学合成された窒素肥料の利用であり、現代農業において窒素肥料は不可欠なものとなっている。このような化学肥料の利用は、亜酸化窒素など温室効果ガスの増加、あるいは過剰な窒素の流出による湖沼などの富栄養化が問題を引き起こしている[18][19]。このような問題に対して、根粒菌の改変や根粒を持つマメ科植物を用いた環境負荷の少ない農業が注目されている[19]

研究史

1888年、マルティヌス・ベイエリンクは根粒菌を単離し、生物窒素固定を行うことを報告し、この生物を Bacillus radicicola と名付けた。その後、アルバート・ベルンハルト・フランクRhizobium leguminosarum と名前を付け直した[16][20]

20世紀末以降、分子生物学的手法を用いた根粒の研究が大きく進展しており、特にモデル植物としてはミヤコグサやタルウマゴヤシが使われている[21]

脚注

注釈

  1. ^ 単数形は rhizobium[1]

出典

  1. ^ rhizobium”. Merriam-Webster Dictionary. 2022年12月30日閲覧。
  2. ^ M., Martinko, John; 1977-, Bender, Kelly S.; Hezekiah), Buckley, Daniel H. (Daniel; 1949-, Stahl, David Allan. Brock biology of microorganisms. ISBN 9780321897398. OCLC 857863493 
  3. ^ a b c d e 塩井祐三、井上弘、近藤矩朗, ed (2009). ベーシックマスター 植物生理学. オーム社. pp. 231–235. ISBN 978-4-274-20663-4 
  4. ^ 駒嶺穆(総編集)、山谷知行(編), ed (2001). 朝倉植物生理学講座2 代謝. 朝倉書店. pp. 40–42. ISBN 978-4-254-17656-8 
  5. ^ a b c d e 浅沼修一 (2004). “根粒菌”. In 山崎耕宇, 久保祐雄, 西尾敏彦, 石原邦. 新編 農学大事典. 養賢堂. pp. 378–381. ISBN 978-4-8425-0354-7 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l L. テイツ, E. ザイガー, I.M. モーラー & A. マーフィー (編) (2017). “生物的窒素固定”. 植物生理学・発生学 原著第6版. 講談社. pp. 358–365. ISBN 978-4061538962 
  7. ^ a b c Stevens, P. F.. “FABALES”. Angiosperm Phylogeny Website. 2022年12月29日閲覧。
  8. ^ Op den Camp, R. H., Polone, E., Fedorova, E., Roelofsen, W., Squartini, A., Op den Camp, H. J., ... & Geurts, R. (2012). “Nonlegume Parasponia andersonii deploys a broad rhizobium host range strategy resulting in largely variable symbiotic effectiveness”. Molecular Plant-Microbe Interactions 25 (7): 954-963. doi:10.1094/MPMI-11-11-0304. 
  9. ^ Shaw, Sidney L.; Long, Sharon R. (2003-8). “Nod Factor inhibition of reactive oxygen efflux in a host legume”. Plant Physiology 132 (4): 2196–2204. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC181303/. 
  10. ^ Ridge, R. W. (1993). “A model of legume root hair growth and Rhizobium infection”. Symbiosis 14: 359-373. http://agris.fao.org/agris-search/search.do?recordID=US201301769891. 
  11. ^ Cárdenas, Luis; Thomas-Oates, Jane E. (2003). “The role of nod factor substituents in actin cytoskeleton rearrangements in Phaseolus vulgaris. Molecular plant-microbe interactions 16 (4): 326–334. doi:10.1094/MPMI.2003.16.4.326. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12744461. 
  12. ^ Yang, W. C.; de Blank, C. (1994-10). “Rhizobium nod factors reactivate the cell cycle during infection and nodule primordium formation, but the cycle is only completed in primordium formation”. The Plant Cell 6 (10): 1415–1426. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7994175. 
  13. ^ 共生のしくみ-植物と土壌微生物の遺伝子ネットワーク
  14. ^ Nod-factorを介したマメ科植物・根粒菌の相互作用 1999年9月15日著
  15. ^ 第3種:β-プロテオバクテリアにおける機能的ジベレリン生合成オペロン”. J-GLOBAL. 2022年12月30日閲覧。
  16. ^ a b Rajkumari, J., Katiyar, P., Dheeman, S., Pandey, P. & Maheshwari, D. K. (2022). “The changing paradigm of rhizobial taxonomy and its systematic growth upto postgenomic technologies”. World Journal of Microbiology and Biotechnology 38 (11): 1-23. doi:10.1007/s11274-022-03370-w. 
  17. ^ 李海訓 (2020). “スマート農業の歴史的・技術論的位置づけ: 日本と中国を事例に”. 東京経大学会誌. 経済学 305: 231-255. CRID 1520009408233955584. 
  18. ^ “化学肥料と地球の未来”. ナショナルジオグラフィック. (2013-05). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20130419/348186/. 
  19. ^ a b 今泉(安楽)温子. “「根粒共生」の実像と可能性~化学肥料からの脱却と温暖化ガス削減に向けた研究アプローチ”. Cool Earth 情報局. dSOILプロジェクト. 2022年11月28日閲覧。
  20. ^ 横山正. (https://www.gene.affrc.go.jp/pdf/misc/event-NIAS_WS_20130128_abs03.pdf)ジーンバンク MAFF 根粒菌株の再分類からみた温故知新. 
  21. ^ 田畑哲之. “マメ科植物のゲノム研究”. BioResource Newsletter Vol.5 No.8. 国立遺伝学研究所・生物遺伝資源情報総合センター. 2023年1月4日閲覧。

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