東芝EMI時代 - 無期限活動休止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 20:45 UTC 版)
「ムーンライダーズ」の記事における「東芝EMI時代 - 無期限活動休止」の解説
活動停止期間中には、メンバーそれぞれのバンド外活動も活発化するなど、このまま自然消滅かとの憶測も流れたが、1991年4月26日に東芝EMI移籍第1弾アルバム『最後の晩餐』を発表。この年のNHKホール(東京都渋谷区)におけるライブのチケットは即日ソールドアウトとなり、待望の復活を果たした。この後もファンハウス、キューンソニーと移籍を繰り返しながらも(音楽業界の江夏豊と冗談半分で称された)作品を次々と発表し、1999年にはワーナーミュージック・ジャパンのDREAM MACHINEレーベルに移籍、関係者を驚かせた。そして2年後の2001年には、デビュー25周年を記念してアルバム『Dire Moron TRIBUNE』とファーストアルバム『火の玉ボーイ』の再発売盤をリリースした。2004年には自らのバンド名を冠したレーベルMoonriders Recordsを創立する。2006年にはデビュー30周年を迎え、日比谷野外音楽堂での多くのゲストを招いての記念ライブ、年末の全国ツアーライブ、アルバム『MOON Over the ROSEBUD』のリリースなど、活発な活動を行った。 35周年となる2011年11月11日、公式サイトにて2011年内をもって無期限活動休止に入ることを発表した。日本最初期の現役ロックバンドのこの活動休止宣言に多くのメディアやファンが驚いた。同時に、2011年11月11日午後11時11分より12月31日までの期間限定で、新曲「Last Serenade」を無料配信することも発表された。2011年12月30日にはタワーレコード新宿店の屋上でフリーライブを開催、ルーフトップ・コンサートと銘打たれた(ライブの模様はほぼ日刊イトイ新聞でも生配信された)。そして12月31日、ファンクラブ限定のラストライブの開催をもって全てのライブ活動を終了した。 2013年12月17日、メンバーのかしぶち哲郎が死去したことが、同年12月20日に発表された。 かしぶち哲郎の一周忌にあたる2014年12月17日、日本青年館で一夜限定の復活ライブを開催した(翌12月18日に追加公演)。 結成40周年となる2016年5月10日、8月28日開催のロック・フェスティバル「ワールド・ハピネス2016」に出場することが発表され、一夜限定ライブを除くと5年ぶりに復活した。同年7月1日、期間限定で「活動休止の休止」をすることを発表。秋にライブツアー「Moonriders Outro Clubbing Tour」(同年10月6日より6カ所7公演)を行うことをアナウンスした。2016年12月15日に行われた「moonriders Final Banquet 2016 ~最後の饗宴~」を以て「活動休止の休止の休止」となる。 2020年8月、アルバム『カメラ=万年筆』40周年を記念した無観客ライブ「Special Live『カメラ=万年筆』」を行い、活動再開を発表した。
※この「東芝EMI時代 - 無期限活動休止」の解説は、「ムーンライダーズ」の解説の一部です。
「東芝EMI時代 - 無期限活動休止」を含む「ムーンライダーズ」の記事については、「ムーンライダーズ」の概要を参照ください。
- 東芝EMI時代 - 無期限活動休止のページへのリンク