新党の設立
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2013年4月26日に政治団体「つばさ日本」の設立を発表した。同団体は中松義郎を最高顧問に迎え、脱原発や消費増税反対などの政策と、自主外交や自衛隊増強などの保守的政策が混在する保守中道的な政治的立場を掲げ、2013年参院選への立候補に意欲を示したが、候補者擁立に難航して断念した。 2014年4月28日に「つばさ日本」を「国民党」に改称し、引き続き代表を務めることを発表した。 2016年6月12日に、第24回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から「国民怒りの声」公認候補として立候補すると発表。7月10日の投開票で落選した。 2018年8月に、休眠状態であった国民党を「自由国民党」に改めて政治団体の活動を再開した。 2019年5月21日に東京都内で記者会見を開き、市民団体代表の黒川敦彦らと共に政治団体「オリーブの木」を設立して7月28日実施の第25回参議院議員通常選挙に立候補すると発表した。当初は東京都選挙区で立候補予定だったが後に参議院比例区へと変更し、さらに7月2日にはオリーブの木代表を辞任して公示前日の7月3日に参議院選挙の立候補を取りやめる旨を発表した。後任の代表となった黒川は小林の不出馬について、若々しさを打ち出すために党代表を交代したところ、「小林が代表でないなら選挙を手伝えない」と小林支持者の一部から反発があったためと説明した。投開票の結果、オリーブの木は当選者を出せなかった。また、同党で幹事長を務めた西尾憲一千葉県議会議員は、役員人事や政治手法などでの対立を理由に、小林が7月には離党していたことを明かした。 2019年の政治資金収支報告書によれば、同年中に自由国民党を「新党やまと」に再度改称し、引き続き代表に就いた。 2021年7月16日に東京都庁で記者会見を開き、第49回衆議院議員総選挙に東京都第9区から立候補すると発表した。当初は無所属で立候補すると表明していたが、8月23日には自らが代表を務める政治団体「新党やまと」から立候補し、比例東京ブロックへの新人4人の擁立も発表した。投開票の結果、小林代表自身を含め、全員が落選。議席を得ることはできなかった。
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