教輿学
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2009年(仏暦2553年)12月までは、タイ版の3部に『教輿学』(きょうよがく)と題された子供向けの中国語教材を掲載するページが常設されていた。 世界日報が創刊した直後の1950年代後半は、時の首相だったプレーク・ピブーンソンクラームや後任のサリット・タナラットの手で中国語教育に厳しい規制が行われていた。中国語の授業ができるのは初等学校4年以下のみとなり、タイ北部に多いKMTの村では初等学校高学年から中等学校(中華民国の国民中学や高級中学に相当)にかけての子弟の国語教育に支障をきたした。 「台湾の教育#教育体系」も参照 それに加えて中国語の教材も著しく不足し、台湾や英領時代の香港から取り寄せるなど不便を強いられた。そこで世界日報社は、学校での教材不足を補うべく、紙面に毎日教材を掲載することにし、学校では教師と生徒が一緒に紙面を読んで国語の勉強をしていた。なお中華民国における国語推進政策に沿い、発音の表記にピン音ではなく注音符号を使うなど中華人民共和国の教育体系とは大きく異なる。この点は、インターネット専用となった現在も変わっていない。 1992年(仏暦2535年)、アナン・パンヤーラチュン政権下で行われた規制緩和により中等学校での中国語教育は解禁されたが、その後も教材不足が続いたため教輿学面は引き続き掲載された。しかし、インターネットの普及による教育環境の変化により、2009年12月15日限りで紙面での掲載を終了。現在はそれまでの記事をPDF化し、インターネット専用コンテンツとして維持されている。
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