当初の国選弁護人に対する批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/18 23:13 UTC 版)
「松橋事件」の記事における「当初の国選弁護人に対する批判」の解説
Aは、同じ熊本県で発生した免田事件のことを知っており、捜査段階で自白を強要されても裁判で無実を主張できると考えていた。Aは、確定審の公判が始まる前に当初の国選弁護人に「否認して争いたい」と希望したが、この国選弁護人は「どうしてもそうしたいのであれば私選弁護人を依頼した方が良い」と応じた。このためAはやむをえず確定審第一審の初公判において起訴事実を認めた。罪状認否でのこの発言が裁判官に強く印象付けられ、有罪判決につながったのではないかと指摘されている。Aによれば、確定審第一審の第5回公判で自白を撤回して無実を主張したところ、この国選弁護人に怒鳴りつけられたという。 たとえ弁護人が被告人が犯人ではないかとの心証を抱いていたとしても、被告人の主張に沿って弁護を行うのが弁護人の務めである。当初の国選弁護人のこうした対応については、被告人の防御権を侵す行為として強く非難されており、同志社大学の浅野健一教授は「犯罪的な言動」とまで言っている。ただし、再審開始決定で熊本地裁は、この国選弁護人の弁護活動について「適切性を欠いているとの評価はあり得る」としながらも、被告人の権利擁護の意図に基づくものと認定している。 この弁護士は、日弁連の問い合わせに対して、文書で「弁護人として全面否認でいくのが正しいとは思えないので、そうするのであれば別に私選弁護人を依頼し、その弁護人に最初から説明をやり直したほうが良いと述べたと思う」と回答したが、対面での聴取には応じることはなかった。なお、この弁護士はのちに熊本県弁護士会の会長を務めた。
※この「当初の国選弁護人に対する批判」の解説は、「松橋事件」の解説の一部です。
「当初の国選弁護人に対する批判」を含む「松橋事件」の記事については、「松橋事件」の概要を参照ください。
- 当初の国選弁護人に対する批判のページへのリンク