建部凌岱とは? わかりやすく解説

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建部凌岱

江戸中期俳人画家弘前生。名は孟喬、別号に涼袋・寒斎・綾足等。俳諧を志多野坡に、画法熊斐費漢源李用雲に学ぶ。また賀茂真淵本居宣長に就いて国学修め晩年片歌唱道努める。安永3年(1774)歿、56才。

建部綾足

(建部凌岱 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/25 02:15 UTC 版)

建部 綾足(たけべ あやたり、1719年享保4年) - 1774年4月28日安永3年3月18日))は、江戸時代中期の俳人小説家国学者絵師片歌を好み、その復興に努めた。別号に、葛鼠・都因・凉袋・吸露庵・寒葉齋・孟喬・毛倫・建長江・建凌岱[1]


  1. ^ a b c d e f g h i j 岡本勝雲英末雄編 『新版 近世文学研究事典』おうふう、2006年2月、118頁。 
  2. ^ 上田秋成は元となった事件の当事者である渡辺源太とも面談しており、同じ題材で『ますらを物語』を書く


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