希望の党結党と衆議院議員選挙
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「福田峰之」の記事における「希望の党結党と衆議院議員選挙」の解説
2017年9月24日、記者会見を行い、内閣府副大臣を辞任したうえで自民党を離党し若狭勝、細野豪志らが結成を目指す新党へ参加する意向を表明した。同日、内閣府副大臣の辞表を提出、翌25日の持ち回り閣議で受理された。25日、自民党に離党届を提出、同党の持ち回り党紀委員会で離党届が受理された。自民党は2015年に小選挙区で連続で落選した議員には次の選挙で比例代表との重複立候補を認めない方針を決めており、福田もその対象となる中で若狭から新党に誘われたため、派閥の領袖である麻生太郎や地元後援会にも報告せず離党を決断した。一方で自民党側は「相手候補(江田憲司)は強い」として福田へは重複立候補禁止の適用を考えていなかったとしている。 同年9月27日、小池百合子東京都知事を代表とする新党「希望の党」設立会見に、結党メンバーとなる国会議員14人の一人として参加した。9月28日、民進党は希望の党への合流を決定。10月2日、枝野幸男が新党「立憲民主党」立ち上げを宣言。同日、東京5区の元衆議院議員の手塚仁雄が新党へ参加する意思を表明。10月3日午後、希望の党は衆院選の第1次公認192人を発表。同党が東京5区に福田を擁立したことが明らかとなった。10月22日の第48回衆議院議員総選挙は、自民党の若宮健嗣が小選挙区で当選。立憲民主党の手塚は比例復活で当選。福田は3番目の得票数で落選、復活当選も果たせなかった。当選挙では希望の党の失速に加え、連合も福田ではなく手塚を支援。福田自身も国替えが響き、街頭演説中に横浜時代の支援者から罵られるなど逆風にあった。また、皮肉にも当選挙では東京5区を地盤としていた元職の三谷英弘が福田の後任として神奈川8区から自民党公認で出馬し、比例復活で返り咲いた。 2018年5月、希望の党が解党し、無所属となった。 2018年より多摩大学大学院にて客員教授を務める。
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