希望の党参加
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2017年9月28日、衆議院が解散。小沢は当初は日本維新の会の山梨1区の公認候補に内定していたが、同日、民進党が希望の党への合流を決定すると、小沢は希望の党に参加の意向を示した。東京25区は、元県議の山下容子が民進党候補として予定されていた。希望の党はここへ小沢を差し向けることを決めた。10月2日、小沢は日本維新の会へ離党届を提出。10月3日午前、新党「立憲民主党」が設立される。同日午後、希望の党は小沢を含む衆院選の第1次公認192人を発表。10月6日、立憲民主党は山下を公認候補とすると発表した。 同年10月22日の第48回衆議院議員総選挙に希望の党公認で東京25区で出馬。小選挙区は自民党の井上信治が当選。野党票は立憲民主党の山下、希望の党の小沢、日本共産党の井上宣の間で分散し、いずれも比例復活もならず落選した。選挙後、自身の事務所や日本維新の会山梨県総支部を閉鎖し、引退した。
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