地質と斜交層理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/28 08:44 UTC 版)
「弁天島 (下田市)」の記事における「地質と斜交層理」の解説
弁天島のある伊豆半島は、日本列島の中では特異なルーツをもっていて、フィリピン海プレートに乗って数千万年かけて北へ移動してきたものである。もともとは海底火山であり、その火山噴出物が海底で堆積、隆起、侵食されて沈降を繰り返しながら形成された。こうした地層のうち、最古期のものを仁科層群、その次代(中新世、概ね2000万年前から)のものを湯ヶ島層群と呼んでいる。湯ヶ島層群によって形成された古伊豆半島が1000万年前頃から500万年前(鮮新世)にかけて再び海底に沈み、その上に新たな海底火山による火山灰や軽石の地層が形成された。この地層は下田市の白浜海岸付近で顕著に観察されることから白浜層群と呼ばれる。 弁天島の周囲も白浜層群に属する。数百万年前、南方から北へ移動してきた伊豆半島は、本州に衝突して隆起をはじめた。弁天島の一帯もこのとき小高い山となった。これが水流による侵食を受け、島となった。 島の外縁の露頭では、崖の面に、特徴的な、はっきりした筋状の縞模様を観察することができる。この縞模様は、火山噴出物の堆積に伴って形成された本来の層構造(層理)ではなく、波や海流が地層を侵食するときに削ってできたもので、「偽層」(偽層理)と呼ばれる。本来の地層とは交差していることから「斜交層理」とも呼ばれる。 斜交層理は、生成された時代の海流の方向や、海深を推定する根拠となる。また、弁天島の斜交層理の露頭では、この地層が海底で堆積した時期に生物が海底を這い回った痕跡を化石として観察することもできる。こうしたことから弁天島を含む周辺の斜交層理は静岡県の天然記念物に指定されている。
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