和田系統
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 15:47 UTC 版)
京成佐倉駅 ← 神門 ← 工団中央 ← 和田1957年(昭和32年)6月10日:佐倉市内線(酒々井局前〜京成佐倉駅入口(現・栄町(西側))〜佐倉駅〜神門〜和田支所)が開通。(なお、この時点で既に千葉駅〜佐倉駅〜成田が運行されている。) 1957年(昭和32年)6月20日:田町車庫〜佐倉駅〜和田支所が開通。 1960年(昭和35年)11月1日:伊篠〜京成佐倉駅入口〜神門〜和田支所に延長。伊篠線と呼称。 1965年(昭和40年)頃:赤十字病院〜京成佐倉駅入口〜神門〜和田支所に延長。 1969年(昭和44年)頃:日赤線(佐倉駅〜京成佐倉駅〜赤十字病院)と和田線(田町車庫〜京成佐倉駅〜佐倉駅〜和田支所)に分かれる。 1989年(平成元年)6月20日:工団中央経由便が開通。 2000年(平成12年)7月16日:ちばグリーンバスへ移管。岩富線、馬渡線と併せて神門線となる。 2011年(平成23年)1月16日:8〜18時の時間帯の運転廃止により、4往復→2.5往復。宮本経由が消滅。 2015年(平成27年)2月16日:神門線ダイヤ改正。和田系統は本数維持。 2019年(平成31年)1月16日:神門線ダイヤ改正。佐倉市コミュニティバス本格運行開始に伴い、早朝京成佐倉駅方向のみ1本に減便。 ここで採り上げた和田発着便は神門から東側に進み和田支所・和田まで至る。昭和40年代には佐倉市内線という名称で市内幹線の役割を担っており、和田まで行く便の頻度も約1時間おきであった。しかし、その後は減便が続き、特に1989年に第三工業団地折返便ができてからは和田まで行く便の減少が顕著であった。 2011年1月16日のダイヤ改正では、2010年11月25日から開始した「佐倉市南部地域デマンド交通」実証運行により、同エリアの公共交通が確保されたことの影響で、デマンド交通の運行時間帯(8〜18時)の和田系統の運行は廃止された。また、このダイヤ改正に伴い、平日1往復残存していた宮本経由は工団中央経由に変更され、旧来ルートの宮本経由が消滅したことになる。なお、和田系統で廃止された便は第三工業団地系統に振り替えとなり、デマンド交通エリア外の運行本数は維持している。 その後、2019年1月16日のダイヤ改正により、和田方面は佐倉市コミュニティバスが拡充されることになり、早朝1本の京成佐倉駅方向以外は一般路線バスとしては廃止となった。
※この「和田系統」の解説は、「ちばグリーンバス」の解説の一部です。
「和田系統」を含む「ちばグリーンバス」の記事については、「ちばグリーンバス」の概要を参照ください。
- 和田系統のページへのリンク